お祭り

平井聖天節分会

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関東三聖天の一つとして知られ古くから「平井の聖天さま」として、親しまれてきた名刹燈明寺では、節分の日に柴燈護摩(さいとごま)と呼ばれる火渡り続きを読む

氷川神社の「節分追儺」

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社殿で祭典の後、追儺の豆撒きが行われると、突然、青、白、赤、黒の4匹の鬼が現れ、社殿に上がろうする。鬼は「鬼は内」と声がしたといい、これを拒む神続きを読む

森厳寺の「針供養」

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2月8日は「針供養」の日。江戸時代、針供養の当日には一般家庭の婦女子はもとより仕立屋、足袋屋、袋物屋などは裁縫を休み、針箱を掃除して三宝に綿続きを読む

白酒祭り

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この祭の起源は古く、本来は村方中心の祭事だったもので、10日あまりをかけ神社の裏を流れていた荒川の水を使い、白酒を醸して熊野神社に奉献した後続きを読む

正受院の「針供養」

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このお寺の針供養は色々な行事のある華やかなお祭だ。組合員が作った甘酒を本堂、針塚にお供えする「甘酒献上」で始まり「納針の儀」では集まってきた続きを読む

涅槃会

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涅槃会(ねはんえ)は、涅槃講や涅槃忌とも言い、陰暦2月15日、釈迦の入滅の日に、釈迦の遺徳を偲んで行われる法要だ。法要中は釈迦が沙羅双樹の下続きを読む

猫地蔵まつり

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猫寺の別名を持つ自性院には、日暮れに道に迷った大田道灌を当院に案内して危機を救い、戦いに大勝利をもたらした黒猫を供養して建てられた地蔵尊「道続きを読む

浅草寺の節分

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今ではどこの寺社でも行われている節分豆まきだが、大衆的行事として行ったのは浅草寺が初めてだといわれている。毎年、一般信徒の年男による豆まきの続きを読む

せたがや梅まつり

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梅が丘駅傍の羽根木公園に駅名に因み、梅が植林されたのは昭和42年だ。この年、世田谷区議会議員に当選した55名により55本の梅の記念植樹が行わ続きを読む

節分豆まき

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2月3日は節分、冬から春への節替わりの日だ。陰暦では立春の前日に当たり、新年より前に来ることも多かったので、長く厳しい冬から春へ移るこの日に続きを読む

うけらの神事

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2月3日は節分で各寺社では追儺式が行われる。五條天神社の追儺式では、昔宮中で鬼払い役だった黄金4つ目の面をかぶった方相氏が登場し桃の弓と葦の続きを読む

鎧神社の節分

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追儺(ついな)の行事は「鬼やらい」等と称せられ、疫病などをもたらす悪い鬼を駆逐する行事で、我が国では文武天皇の慶雲3年(706)に宮中で初め続きを読む

僧兵行列

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宝仙寺は八幡太郎義家の創建と伝えられる古刹だが、今次世界大戦で堂塔伽藍すべてを消失した。焼け跡の地下から僧兵の遺品が発見されたことから、寺院続きを読む

水行国祷会

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昭和49年のNHKテレビ「勝海舟」で海舟との関係が報道されて、一躍有名になったこの寺では、厳冬の2月、国家安泰を祈願す、水行国祷会が催される続きを読む

諏訪神社の「板橋の田遊び」

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「板橋の田遊び」として北野神社のものと共に国の重要無形民俗文化財に指定されているが、もがり内行事が主となっている北野神社の田遊びに対し、村廻続きを読む

凧市

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京都伏見の稲荷神社の祭神が、711年2月初午の日に降臨したといわれるところから、当日が稲荷神社の祭日となった。関東の稲荷総社の格式を持つ当社では続きを読む

北野神社の「板橋の田遊び」

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板橋区の北西部、赤塚・徳丸地区は近年まで広漠とした穀倉地帯で、こうした地域環境と純朴な住民意識にひっそりと守り継がれてきた民族行事「田遊び」続きを読む

天狗道中

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道了尊の別名を持つ下北沢真龍寺で、毎年節分の日に天狗道中と呼ばれる巡錫が行われている。午後1時、山車に載せた巨大天狗面を先頭に寺を出発、導師続きを読む