蛇より行事

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寛文2年(1662)の春、諸国に疫病が流行した折に始められ一時中断したことはあったが、以後疫病防止、降雨、五穀豊穣を祈願するため毎年欠かさず行われている。毎年8月7日、北斗七星になぞらえた百村の旧村民(現在は竪神社奉賛会会員)の中から選ばれた7名が、萱場から萱を刈り出し、これを奉賛会の全員が集まって、長さ50~100㍍ほどの大蛇の形に撚り上げる。その後妙見宮の階段に沿って置き、頭を山下の二十三夜塔の前に、尾は山上の社殿を取り巻くように安置する。蛇体の製作に並行して、妙見宮の別当、妙見寺の僧侶によって読経が行われ、完成した大蛇は僧侶から開眼供養を受け一連の行事は終る。素材が萱という異色の大蛇が長さ50メートル以上という巨大なもので、その製作にあたり仏教儀礼が併行して行われるなど他では見られない特色を持つ希少価値の高い民俗行事である。京都の無形民俗文化財。
大蛇の胴体作り  3人が萱を撚り、編まれた胴体を上から引っ張りあげて順次輪にして積み上げてゆく。その出来上がり長さは約100メール!
 
開眼供養を受ける大蛇の頭  妙見寺僧侶の開眼供養で行事終了。後は部外者にまでビール、おつまみの接待があり乾杯。帰りには流しソーメンのご馳走まであった。
みんなで大蛇を社殿に  出来上った大蛇の尾を山上の社殿に運び、長い胴体は階段脇に寝かせる。
 
萱で大蛇を撚る  脇から差し出される萱の束を継ぎ足して3人で大蛇の胴体を編んでゆく。
 
 
稲城の地名  明治22年、東長沼・矢野口・大丸・百村・坂浜・平尾の六か村は、町村制の公布に伴う町村統合によって一つの村となり、「稲城村」が誕生した。この地が鎌倉時代に稲毛氏の所領であったことから当初「稲毛村」の名称が選ばれが許可が得られず、宇義のつうじる「稲城村」と命名したという。矢野口・東長沼・大丸の地に砦(小沢城・長沼城・大丸城)があったという歴史的な事実と、この地が稲の産地であり、昔からよい米がとれたということが考慮されたようだ。
 
8月7日   妙見寺(℡042-377-6324
(稲城市百村1588、京王相模原線・稲城)
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