竹の塚駅から炎天寺まで行進!小林一茶にちなんだ祭り「一茶まつり」

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八幡太郎義家が奥州の賊を平定したのが、旧暦6月の炎熱の時期だったので、その戦勝記念に建てた別当寺を「炎天寺」、その村を6月村と命名したという。

俳人小林一茶は芭蕉、蕪村とともに3大俳人と言われたが、晩年には他の2人が千住に住んでいたのでしばしば千住を訪れ炎天寺にも足をのばした。「蝉鳴くや六月村の炎天寺」などの句に読みこまれているこの寺では、一茶の命日(11月19日)に近い勤労感謝の日に毎年「一茶まつり」を開いている

竹の塚駅から炎天寺までの一茶行列に続き、全国小中学校の生徒から投稿された20数万点の中から選ばれた秀句の表彰式が行われる。境内では野点、お琴、おでん、かん酒の接待があり、痩せ蛙と大蛙の相撲など俳句一色の賑やかなお祭が催され、終日賑わっている。

蛙の相撲

蛙の相撲
「痩せ蛙負けるな一茶ここにあり」という有名な一茶の句にちなみ、蛙の相撲が奉納され、見物人の喝采を博している。

一茶まつりパレード 

一茶まつりパレード
昭和35年頃から、一茶まつりパレードが竹ノ塚駅前から炎天寺まで行われ、蛙の面を被った幼稚園児、少年団たち多数が賑やかに行進する。

俳句の表彰式 

俳句の表彰式
全国の小、中学校の生徒から俳句を集めて優秀俳句を表彰する。

6月の地名

天喜四年(1056)、八幡太郎源義家が奥州征伐の途中、野武士に襲われ苦戦を強いられた時、石清水八幡神に祈念して勝利をおさめたので、岩清水八幡を勧請して祀り、さらに討死者を弔うための一寺を建立、源氏の白幡のお陰で勝ったので山号を「幡勝山」、願いが叶ったので院号は「成就院」、時あたかも盛夏六月のこととて寺号は「炎天寺」と名づけ、村人には六月村の村名を与えた。

足立の地名

由来は、あたりに葦がたくさん生えていたので、「葦立ち」 といったのが、「足立」になったという。「足立」の地名が記載されている最も古いものは、平城京二条大路から発見された木簡で、天平七年(735年)と記されている。

基本情報

日程: 11月23日
アクセス: 東武伊勢崎線・竹ノ塚駅
場所: 炎天寺(足立区六月3-13-20)
連絡先: 03-3883-0787

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