川野の車人形

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奥多摩湖のほとり、川野地区に今も伝わる民俗芸能「車人形」は、今からおよそ150年前から受け継がれている古いものだ。氏神、箭弓神社の祭日に奉納され、他郷へ嫁いた人や年期奉公に出ていた人も村へ帰り、この車人形を楽しんだが、神社がダム建設により水没したため、現在は旧祭日の3月5日に保存会の人々により、川野生活館で上演されている。黒衣を着た人形使いが、ロクロ車に腰をかけて自由に動き回り、手足の指を巧みに使い、浄瑠璃の語りに合わせて人形を操るもので、都の無形民俗文化財に指定されている。川野一座には、宝暦2年から天明、文政年間にかけて作られた、「かしら」が31個も残っており中には国宝級のものもある。
三番叟  人形芝居のはじめに三番叟を舞台の一番高い所に飾り酒や塩を
供えてから舞うが、この舞は踏み鎮めの神舞で一座の安穏と観客一同の一年
の無事息災を祈願するもの。
 
小学生による車人形  小河内小学校は全校生徒5人、廃校となるが、その生徒たちが、保存会の人々の手ほどきを受け練習を重ねて演じた「日向影清一代記人形姫道行」だ。
 
佐倉宗五郎、甚兵衛渡場

多摩川の地名について 多摩川の語源については、平安時代に編纂された『和名抄』の副注に「太婆」 とあるように「峠」を意味するタバ・タワに由来するという説と「聖なる御霊」 のタマという意味だとする説がある。多摩川の源流部には丹波山があり 河川の名称として丹波川と呼ばれたことは理解できる。同時に武蔵国の 中央部を貫通する聖なる川であることから「御霊」を表すタマ川へと転訛し、同 じころ多磨(太婆)郡の地名も発生したと解釈することもできる。

3月5日   箭弓神社(0428-83-2112、奥多磨町観光課)
川野生活館、JR青梅線・奥多摩駅→バス・大津久
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