相原諏訪神社祭礼

「相原のお諏訪さま」「丸山のお諏訪さま」として親しまれる諏訪神社祭礼には、子供連れの夫婦や色とりどりの浴衣着の娘達の姿が多く見られ、まさに俺らが町の鎮守様のお祭りだ。午後2時から神事が開始された後、神代神楽が奉納され、夕方明るいうちに町田市の無形文化財に指定されている「丸山獅子舞」が披露される。その後、下相原囃子連の山車が各町会を巡回して、諏訪神社入り口で中相原囃子連会の山車と合流し連れ添って境内に入場、2台の山車が並んで喧嘩囃子を繰り広げ、見物に訪れた大勢の人で賑わう祭りの夜を盛り上げる。

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丸山の獅子舞  元和3年(1,617年)二代将軍秀忠の時、高岳坊長巌が相原の諏訪神社再興を図ったが、村人が五穀豊穣と氏子安泰を祈って奉納したのが始まりとされている起源の古い獅子舞だ。演目は「花がかり」の一庭だが「なりを静めて、おききやあれ 森も林も、うぐいすの声、ねぎどのは西と東に宮建てて、社殿黄金で森がかがやく・・・、思いもよらず朝霧がおりて そこで雌獅子が隠され申す、風が霞を吹き払い、雌獅子雄獅子がおぞううれしさ・・・・」という丸山獅子の唄にあわせて獅子と仙人が踊る。獅子頭は剣の角がある剣獅子、巻角の巻獅子、宝珠をいただく雌獅子、獅子舞の構成は獅子3匹と花笠4人、万灯3人、土茶色の面をつけた仙人「村の長老(ささら)」笛で構成される。獅子は2組いて、先の組は小学生、後の組は中学生だ。暑い盛りなので大団扇で絶えず風を送り、また舞の途中で休憩して獅子頭を脱がせて汗を拭き、水を補給してやる。
 
下相原連合山車と中相原町会山車の喧嘩囃子  下相原連合町会(境・坂下・元橋・仲町・陽田・中村の6町会)の山車は午後1時30分に出発し、各6町会の休憩所に立ち寄っていくが山車では終日お囃子(坂下囃子連・陽田囃子保存会)が奏でられ、午後6時過ぎに諏訪神社に入る。境内では、中相原町会の山車と2台並んで、喧嘩囃子が2時間程繰り広げられ参拝客で溢れる境内はいやが上にも盛り上がる。
 

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仙人「村の長老(ささら)」  浴衣にトキ色の襷掛け、水色の手甲、脚絆で腰の後に団扇をさし、右手に「サラシ」という割竹と左手に「麻羅棒」という男根棒を持ち、割竹で麻羅棒を摺りながら舞う。
 
町田の地名  由来は不詳、「町田」とは区画された田んぼという意味で古来から市(いち)のたつ人の交流、交易と情報が集まった地域だったらしく、市の祭事に使われた田んぼを祭り田と呼びそれが町田に訛って地名の由来となったという説がある。
 

相原の地名  11世紀から12世紀にかけてこの地方を根拠として勢力を伸ばした横山氏一族は嫡流の名字を「藍原(相原)」としたことから、相模原市相原町と町田市相原一帯にこの名が地名として残ったという説がある

 
相原諏訪神社  養和元年(1183)別当高岳坊長温が氏子と共に信州諏訪大社を丸山の地に勧請し相原山大明神と称した。元和元年(1615)山火事のため社殿を焼失したが元和3年再建した。七国の神明社、大谷神明社、橋本御岳社、根岸日枝神社、境山王社、橋本稲荷社、陽田疱瘡社を合祀している。
 
8月第3日曜日   諏訪神社(℡042-782-2753
(町田市相原町1743、JR横浜線・相原)

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