赤塚の獅子舞

獅子舞は悪魔祓いの神事芸能だ。頭に獅子頭を被り、腹に鞨鼓をつけ、この鞨鼓を打ち鳴らしながら舞う一人立ちの三匹の獅子舞は、関東から東北にかけ広く分布し、その起源は寛元3年(1245)といわれる。東京の寺社では4月から10月にかけて多く見られるが、「田遊び」で著名な大門・諏訪神社の獅子舞は全国でも9番目に古いもので3月に行われる。330年前の延宝元年(1672)に下赤塚村の春日太郎兵衛が日光二荒山神社弥生祭に、当時流行していた風流獅子関白流を習って村人に伝えたのが始まりだ。獅子舞は諏訪神社と八幡神社で五穀豊穣と悪疫退散を祈願して奉納される。

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赤塚の獅子舞  獅子頭は黒羽をつけ、白髭を生やし、赤黒金の巻角2本の大獅子、白髭に2本の棒角がある中獅子、宝珠を頂いた女獅子の3匹で花笠4人、御幣、青竹、笛で構成される。昭和52年地域有志で保存会が設立され、平成2年には東京都代表で大阪の「花と緑の博覧会」に出演した。
 
辻舞  高島平団地が出現するまでは、このあたりは純農村地帯で、東京の穀倉だった。下赤塚村も8つの部落からなり、諏訪神社で獅子舞を奉納した後、各部落の道々を辻舞として舞い歩き八幡神社にいたった。現在では付近はすっかり都市化してこの辻舞は省略化され、最初に諏訪神社の周りを行列を作って1周し昔の面影を留めている。
 
八幡神社到着  諏訪神社で獅子舞を奉納した一行は、八幡神社へ。八幡神社は隣接する大堂の守護神として創建されたものといわれ、江戸時代、下赤塚村の一部の鎮守だった。

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獅子の獅子頭

大門の地名  3代将軍家光は、鷹狩りのたびによく三宝寺で休憩した(徳川実紀)。だから三宝寺の山門を御成門(おなりもん)と呼ぶ。地名の大門は、その御成門に由来する。中世石神井城の大手門に起こるという説もある。  

 

「板橋」という地名  区内の石神井川に架かる「板の橋」が由来になったと言われている。(およそ800年前)

3月第2日曜日   諏訪神社(℡03-39386400
(板橋区大門11-1、東武東上線・下赤塚、都営三田線・西高島平)
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