幕末維新祭り

安政の大獄で獄死した吉田松陰を弟子達が世田谷若林に葬り、その後同じ場所に祠(ほこら)を建てたのが現在の世田谷松蔭神社となったという歴史事実に鑑み、祭りを通じて「ふるさと」を愛する区民、青少年の心を醸成しようと始まったのがこの幕末維新祭りだ。2007年で16回を迎えたが、2年に1度、神社神輿が出御し神社周辺を練り歩き、また、幕末の志士、奇兵隊に扮した一行、鼓笛隊、ブラスバンドの行列が区役所前を出発して松蔭神社に向かう。祭りの2日間にはこの他、萩観光物産展、会津観光物産展、幕末野外劇や講演会など盛り沢山のイベントが催される。

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松蔭神社 祭神は吉田松陰。松蔭は安政6年、安政の大獄に連座し江戸伝馬町の獄中で30歳の若さで刑死された。その4年後の文久3年、松陰の門下生であった高杉晋作、伊藤博文、等によってこの世田谷若林の地に改葬された。神社所在地一帯は江戸時代から長州毛利藩藩主の別邸のあったところで大夫山と呼ばれていた。明治15年松陰門下の人々が相計り、墓畔に社を築いて松蔭の御霊を祀り忠魂の鎮座するところとなった。今日の社殿は昭和2年から3年にかけて造営されたもので近年は学問の神として崇敬を集め参拝者は全国各地に及んでいる。

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神社神輿の宮出し  12時45分、屋台が立ち並ぶ参道から2本の神社旗と高張り提灯に先導され神社神輿が宮出しされる。
 
奇兵隊パレード  午後1時半、区役所から鼓笛隊とブラスバンドが出発し、幕末の志士、奇兵隊、新撰組の行列が続く。
 
桐蔭太鼓  若者の躍動感が観衆に感動を与える
 
国士舘大学ブラスバンド  楽器の種類も豊富、ユニホームも格好よく演奏会は見てみたいナー
 
若林小学校鼓笛隊 大勢の編成なのに、よくぞここまで上手に演奏出来るものと暫し感心。
 
幕末維新祭り  先ず驚いたのが人出の多さだ。電車を降りて神社までの商店街は、さながら仲見世風、境内には屋台店がびっしり並び大勢の祭り客で賑わっている。この祭りはふるさとを愛する青少年の心を醸成するという趣旨通り、大学生から小学生たちの参加が多い祭りだ。本殿前で行われていた桐蔭太鼓の出演者は多分高校生だと思うが、太鼓の撥さばきはもとより全員の動きに躍動感が溢れていて、見る人々に感動を与える。奇兵隊パレードには若林小学校の鼓笛隊と国士舘大のブラスバンドが参加し、土・日にも拘わらず学生までが参加する他では見られない町ぐるみの祭りという感じだ。
 
 
 
10月27日  松蔭神社(℡0-3421-4834
世田谷区若林4351 (東急世田谷線・松蔭神社前)

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