土用祭り

其の昔、諏訪神社の土用餅を食べると腹が腐らないと言い伝えられて村民に愛食され、その後、暑気祓いにもと境内に餅を売る露店が多数出て大福餅が販売されたという。現在、土用の丑の日に鰻を食すのと似て、体力増強に一役買ったものであろう。戦前、戦後にかけ暫くこの土用餅の行事は途絶えていたが近年復活し、当日午後2時から社殿で氏子一同が集まり土用祭の祭典が行われ、本来はのし餅なのだが明月堂という菓子屋が大福餅を作りこの日に販売している。

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太鼓の合図で全員拝殿に集合、25名くらい
修祓に始まり祭典は粛々と進行する
 
玉串奉奠は参加者全員が土用祭り見学記  土用入りの日、夏の風水害による作物の被害などが無いように祈願し豊作を祈る祭りが行われる地方もあるそうだが、東京で土用祭りが行われる例は聞いたことが無いので興味を持ち、相原諏訪神社を訪れた。神社は町田街道の「諏訪神社入口交差点」を約200㍍位奥に入った所に鎮座している。境内には昨年までフクロウが住んでいたというご神木とともに大きな立派な木々が、まるで大きな傘のように拝殿をはじめ境内を覆い、小高い神社の丘を涼しい風が吹き抜け夏でも暑さ知らずだ。拝殿前に土用大福を売る店が出ていて早速求めた。社務所には三々五々、今日の式典参加の氏子が集まっている。若い宮司に話しを聞くと、この神社は古い歴史を持ち、氏戸数約1400、他に15の神社の宮司を兼務しているそうだ。そんな歴史ある神社なのに、通常の神社が毎年行う「夏越の大祓い」行事は無く、この「土用祭り」はその代わりに行われて来たのでしようかと言われていた。午後2時、太鼓が鳴り氏子総代が拝殿に集まる。修祓、全員一拝、献饌、祝詞奏上、玉串奉奠、撤饌 、全員一拝、と式典は滞りなく終わり参加者は社務所で直会となる。今は田畑が無くなったので全くの形式的祭りとなった稲城の「風祭」を思い出したが、東京に残っている古い縁起を持つ小さな祭り、これからも是非大切に保存してもらいたいものだ。

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相原諏訪神社  養和元年(1183)別当高岳坊長温が氏子と共に信州諏訪大社を丸山の地に勧請し相原山大明神と称した。8月の例大祭には「丸山の獅子舞」が奉納され、下相原連合山車と中相原町会山車の喧嘩囃子が繰り広げられ、境内は祭り客で溢れ盛り上がる。
土用  暦の雑節の一つ。中国では、1年の春・夏・秋・冬の四季に、木・火・金・水をあて、各季の終わり18日余に土気をあてた。これを土用といい、土曜用事を略したものだ。それぞれ春の土用、夏の土用、秋の土用、冬の土用といい、その期間はおよそ18日間、各季の土用があけると、立夏、立秋、立冬、立春となる。今日では夏の土用だけが用いられ、夏の土用に入って(7月20日頃)、最初の丑の日が「土用丑」である。
 
土用大福を売る店
 
7月20日   相原諏訪神社(℡0042-782-2753
              町田市相原町1743(JR横浜線・相原)
 

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