荏原天王祭(かっぱまつり)

荏原神社は宝治元年(1274年)京都八坂神社から牛頭天王を勧請して創建された。氏子区域である天王洲は、昭和初めまで海だったが、宝歴元年(1751年)牛頭天王(須佐之雄尊)の神面が海面から見つけ出されて天王祭が始まり、江戸時代には大江戸夏祭りの花形として盛大を極めた。神輿に「ごめんそうさま」と呼ばれる須佐之雄尊の神面がつけられ、お台場海浜公園の海岸で、現在都内唯一の海中渡御が行われている。祭神、須佐之雄尊が水神であり「かっぱ」が水神の使いであることから、祭礼に参加する氏子をかっぱになぞらえ「かっぱ祭り」と俗称されるようになった。

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供奉船を従えてお台場海浜公園へ向う御座舟 
御座舟到着、海に下りる神輿
海中を渡御する神輿、ごめんそうさまの面が
 
都内唯一の海中渡御 青物横丁に野菜を運んで来た葛飾の篠田某が、海で拾った須佐之雄尊の面ということで翌年の同日、その面をつけ海上渡御を行った所、その年の海苔は大豊作だった。それから毎年、漁やのりの豊作を祈て海上渡御を行うようになったという。300年ほど前の話しである。
 
荏原神社でお祓いを受ける町神輿  境内が狭いので神輿は1基づつしか入れない。神輿に太鼓が付けられているのがこの地方の特色。牛頭天王はインド祇園精舎の守護神で憤怒鬼神といい、京都祇園社(八坂神社)の祭神となる。我国では須佐之雄尊がその化身とされている。

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練り歩く屋台  土曜日、13町内約30基の大小神輿が神社の御祓いを受けて再び町へ繰り出すがその後にはこのような屋台が賑やかに従う。

品川の地名  目黒川を昔は品河と言っていたことから始まった説、近接する高輪に対して、岬や山、谷があって品よき地形から品ヶ輪と言っていたという説、鎧に使う品革の染色職人がいたからと言う説、上無川(神奈川の語源)に対して下無川(しもなしわ)が略されて品川になったとする説など諸説あり。

荏原(えばら) 荏胡麻(シソ科の一年草で「え」「しろじそ」「じゅうねん」とも呼ばれる)の繁茂する原に由来すると言われてる。荏原という名が初めて用いられたのは、相当古い時代のことで、飛鳥時代の孝徳天皇の御代、武蔵の国に豊島、荏原の二群が設けられたことが記されている
 
6月7日近くの金・土・日曜日   荏原神社(03-3471-3457
(品川区北品川2-30-28、京浜急行・新馬場)

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