江戸流しひな

願い事を雛人形に託して川に流す「流しひな」が隅田川で催される。ひな祭りは平安時代に五節句の一つ、上巳(じょうし)の節句にわが身のけがれを草人形に託して海や川に流すというみそぎの行事が上流階級に広まり、これに殿上人や女官の間で楽しまれていた「ひいな遊び」が合わさって今日のような形になったといわれている。雛人形が内裏風の衣装になっているのはそのためだ。悪日といわれる3月最初の巳の日に人形(ひとがた=かたしろ)で身体をなで厄を形代に移してお祓いをする行事で中国から移入された。その後、人形細工も精巧になり流すのが惜しまれて観賞用になり女子の良縁を願う行事として人形を飾る風習が出来た。

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雛人形を流す  旧小河内村で古くなった雛人形を麦藁で作った船に乗せて流したというが、これなどは流し雛の遺風であろうか。
 
 
大型屋形船から  幼稚園児により滑り台から流される紙ひな人形。この人形は水溶性で2時間すると消えて公害なしという。
 

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スライドの上から流す  岸壁から水面に渡されたスライドの上に、願い事を託して紙ひなを隅田川に流す。万冶期や寛文期には装束を着た雛人形が生まれ、元禄期にはひな壇に段飾りが作られて一大流行を見るまでになった。やがて装束が金襴や錦で作られた享保雛や有識故事にのっとって作られた次郎座衛門雛、それまでは描いていた目を彫った古今雛などが現れた。

浅草の地名  東京府志料には「草深い武蔵野の中で、草があまり茂っていないので浅草と言った」とあり、これが通説。浅浅とした草の生い茂る海辺の寒村であったことからついたようだ。治承5年(1181)にはこの名がみえる。

33日の前の日曜日   隅田川(℡03-5246-1151台東区観光課)
(台東区浅草、地下鉄、東武伊勢崎線・浅草)
 

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