布多天神社例大祭

多摩地方有数の古社、布多天神では毎月25日の月例祭には神楽が奉納され、200年の歴史を持つ天神市が今でも境内に立つ。当社には宮神輿は無く、9月の例大祭には小島、上布田、下布田3地区の町神輿が社殿前に並び「みたまうつし」を授かって宮出しされ、祭囃子を奏でる山車を従えて天神通りから旧甲州街道に繰り出して賑やかに渡御する。2006年は奉賛会設立50周年に当たり、お彼岸の中日に重なって境内には子供連れの祭り客が多く、ボーイスカウトや消防団のボランテイア姿が目に付く。とくに目立つのは神輿を担いだり山車を引く祭り姿の子供達が大勢いたことで他の祭りに例を見ない。総鎮守、布多天神社が調布の町に根付いていることをうかがわせる。

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布多天神社 醍醐天皇、延長5年(927年)に制定された「延喜式」という法典にその名を連ねる古社。  文明9年(1477年)に多摩川の洪水をさけ、古天神というところから現在地に遷座し、その時、祭神 少彦名神(すくなひこなのかみ)に菅原道真公を配祀したという。当時、布多天神社は布田五宿の総鎮守で五宿天神と崇められた。布田五宿は合併して調布町となり布田天神は調布町総鎮守となった。境内には豊臣秀吉が天正18年(1590)4月に軍勢の住民への不法行為を禁じた太閤の制札や、境内で開かれる市の繁栄と商売繁昌を祈願して、寛政8年(1796)に建立された古い狛犬が立っている。
 
神輿の宮出しと町内渡御   午前11時半になると上布田、下布田、小島3地区の神輿が子供神輿、中神輿を従えて神社境内に集まる。神社鳥居の両脇には3地区の山車が賑やかに祭りばやしを奏でている。正午から各地区の総代たちが拝殿に昇殿して祭儀が始まり、終ると四方を白い布幕で覆われた神官が神輿1基づつに「みたまうつしの儀式」を行う。2006年は奉賛会設立50周年とあって、その横断幕を先頭に榊を捧げ進む神官、総代達に続き、みたまを移された神輿が鳥居をくぐり大大鼓、子供神輿、中神輿、大神輿の順に宮出しされる。祭り囃子を奏でる山車3台とともに新甲州街道を渡り、天神通りから一般交通が遮断された旧甲州街道に繰り出して氏子町を巡幸する。
 
 
調布の地名  昔、広福長者という人が、布多天神に7日7夜参籠して神のお告げをうけ、布を織り多摩川にさらし調えて、朝廷に献上した。これが日本における木綿の初めで、天皇はこの布を調布(テヅクリ)と名づけた。このてづくりは調(ちょう=税金)の代わりに納められた布だったので、以来、この辺りを調布の里とよぶようになったといわれる。後にこの布が国中に流布され、調布の神社を布多天神社と改めたという。江戸時代に甲州街道が作られ、上石原、下石原、上布田、下布田、国領の五宿ができ、布田五宿と呼ばれたが、布田五宿は、明治22年に飛田給、上ヶ給と合併して調布町となった。
 

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下布田の山車
上布田、大神輿の宮出し
大大鼓を先頭に宮出し
みたまうつしの儀式
奉賛会設立50周年横断幕が前ぶれ
子供の活躍が目立つ祭りだ
 

3地区の神輿が集まる

 

 
9月23日   布多天神社(℡0424-89-0022) 
(調布市調布ヶ丘1-8-1、京王線・調布)

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