藤まつり

学問の神として広く尊崇され「下町の天神様」と親しまれる亀戸天神は藤の名所としても知られている。神社境内の藤は340年前の神社創建当時から植えられたものと伝えられ、その美しさは歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれるほどで、毎年開かれる藤まつり期間中(2006年は4月22日~5月10日)は境内一面に様々な種類の花が咲き乱れる。連休中が盛りとあって、普段は人影の少ない境内がこの時期は観光客で埋まる。終戦直前の大空襲で、下町全部が焦土化した時、亀戸天神も建造物と藤棚の全てを焼失してしまったが、昭和30年ころより地元の人たちの努力で昔の形に復興させた。以前は花丈が1.5メートル以上もあったというがようやく1.35メートルのサイズまで戻ってきたという。

スポンサーリンク

亀戸天神の由来 寛文2年(1662)九州の大宰府天満宮の神官であった、大鳥居信祐が武蔵の国・本所亀戸に作った小祠が亀戸天神のはじめ。飛梅の木に刻んだ菅原道真像がご神体として納められている。境内には、心地の池、太鼓橋など、大宰府天満宮を真似た造営がなされており、藤や梅の名所として知られている。
 
亀戸の地名 昔、この地は”亀ノ島”と呼ばれる海上の島で、石器時代、古墳時代の遺跡があるといわれている。やがて、この島に”亀村”とよばれる村ができ、村にあった”亀ヶ井”という涌き水が有名になった。その後、この”亀村”と”亀ヶ井”が混ざって”亀井戸村”になり、江戸時代、”井”がなくなって亀戸村となったという。
 
 

スポンサーリンク

藤まつり 地形をはじめ社殿や楼門、太鼓橋、心地池など境内の結構をすべて太宰府の社にならって造営したとしている。広重の「名所江戸百景・亀戸天神境内」でも藤棚とその奥に太鼓橋が描かれているがフランス印象派の画家クロード・モネが晩年に描いた「睡蓮の池」に描かれている橋はこの亀戸天神の太鼓橋がモチーフとか。2006年はまつりが連休と重なったこともあって、亀戸駅から神社までの往復15分の道の両側は切れ目の無い観光客の行列で境内は満員電車さながらの混雑振りだった。
 
 
4月下旬~5月上旬   亀戸天神社(℡03-3681-0010
(江東区亀戸3-1、JR・亀戸)

スポンサーリンク

\ おともだちにシェアお願いします /

こちらの記事もどうぞ