深川八幡祭り御本社祭り

富岡八幡宮には元禄時代に豪商・紀伊国屋文左衛門が奉納した総金張りの宮神輿が3基あったが、関東大震災で焼失、平成3年に日本―の黄金大神輿が奉納され宮神輿が復活した。しかし、その大きさゆえに毎年担ぐことが出来ず、新たに宮神輿を製作し、二の宮として平成9年の例大祭で華麗に渡御した。深川八幡祭りで宮神輿が渡御したのは68年ぶりで、以後御本社祭りとして3年毎に宮神輿の巡幸が定められ、本祭・御本社祭り(丑・辰・未・戌の年) ・陰祭(寅・巳・申・亥の年)の順番で祭礼が行われている 2009年は本祭りの翌年に当たり御本社祭りとして、15日(土)午前11時から例祭式典が行われ、16日(日)に二の宮神輿が氏子町内を巡行した。平成13年の夏より始まった本祭りの前年・陰祭のイベントとしては次世代の深川祭りを担う子供達による子供神輿の連合渡御が行われている。

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境内風景  神輿は平素一の宮神輿とともに格納されている神輿庫の前、丁度参道の中頃に据えられている。拝殿前では総代達が記念写真を撮り、鳥居から神輿までは揃いの青の半纏の氏子達で埋まっている。
 
木遣りを謡う  午前7時前、発輿祭が始まる前に木遣りの一節が謡われ手が締められる   
降神の儀  午前7時、神輿前に宮司以下神官が並び、先ず降神の祝詞が読み上げられる

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万歳三唱 今年は天皇即位20周年、両陛下結婚50周年の年に当り宮出し前に皇居の方を向き万歳三唱、そのことを記した白い幟が神輿を先導する
 
白い幟が神輿を先導する 
二の宮神輿の宮出し
永代通りを進み水をかけられる
 
深川八幡御本社祭り見学記・・・宮出し前  6時半過ぎに神社に着いたが境内は氏子半纏の青一色で、鳥居から神輿周りまで埋められ、神輿の傍に辿り着くのに一苦労だ。さすが世に聞こえた4尺5寸の大神輿の出御とあって誰もが心をときめかしている。午前7時、宮司以下が神輿の前に並び、発輿祭が始まる。降神の儀で祝詞奏上、修祓、献饌、祝詞奏上、玉串奉奠、撤饌 と進み宮司一拝で発輿祭は終わる。今年は天皇即位20周年、両陛下ご結婚50周年に当るので全員、皇居の方角に向き万歳三唱、そして木が入り手が締められて神輿が上がる。
 
宮出しと町内巡行  何せ4尺5寸、重さ2トンの大神輿なので担ぎ棒はビックリするほど太く担ぎ手も少々の人数では無い。神輿が上がると同時に拝殿前の太鼓連が激しく打ち鳴らし始め、その音に乗って「ワッショイワッショイ」の深川八幡独特の掛け声で鳥居をくぐる。永代通りで白半纏に町内渡し、通りは下り車線の片側閉鎖で木場に向かって練って行く。両側の歩道は朝早いというのに見物客で溢れ、神輿に追いつくのが大変だ。神輿は榊で順路を清める神官と即位20周年、ご結婚50周年記念と記された白い10本の幟に先導されて勇ましく進んで行く。所々に「水掛け」用の桶やタライが用意されているが、宮神輿にはかけないで担ぎ手の暑さ防止用と聞いている。氏子町会をくまなく回り神社に戻って着輿式が行われるのは夕方になるが無事の巡行を祈る。
 
二の宮神輿  平成9年、第16代浅子周慶作、台輪幅4尺5寸(1m36cm)、高さ10尺8寸(3m27cm)重量約2トン、鳳凰の目ダイヤ2.5カラット1対、型は屋根延金地塗神輿。
ちなみに一の宮神輿は台輪5尺(1m51cm)高さ14尺5寸(4m39cm)重量約4.5トン、鳳凰の胸にダイヤ7カラット、鳳凰の目にダイヤ4カラット1対、鳳凰の鶏冠ルビー2010個、狛犬の目ダイヤ3カラット2対、隅木の目ダイヤ1カラット4対、小鳥の目ダイヤ1カラット4対、屋根純金24kg、その他プラチナ、銀、宝石多数使用。
 
富岡八幡宮  祭神  応神天皇(誉田別命) 外8柱。寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた現在地に御神託により創建された。周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、6万5百8坪の社有地を得た。世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」だ。江戸時代、源氏の氏神である八幡大神を殊の外尊崇した徳川将軍家の手厚い保護を受け、明治維新には准勅祭社として勅使、幣帛を授けた。また、庶民の信仰は江戸の昔から現代にま篤く受け継がれ、今も善男善女の参拝は絶えない。
 
8月15日近くの金・土・日   富岡八幡宮(℡03-3642-1315
         江東区富岡1-203(地下鉄大江戸線、東西線・門前仲町)
 

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