羽村の天王祭

素盞鳴尊(すさのおのみこと)を祀る稲荷神社の相殿、八雲神社の天王祭。すさには「荒・清浄」の意味があり、身に降りかかる罪、穢・災・厄などを、荒々しいほどの力で祓い清める災厄よけの神様といわれ、別名を牛頭天王(ごずてんのう)という。天王祭りといわれる所以だ。羽村市内の各神社では神輿や山車が町へ繰り出すが、中でも八雲神社の祭礼は桜の名所、羽村堰で神輿を多摩川に担ぎ入る水中渡御が呼び物となり、年によっては花見と祭が重なり町中が大賑わいとなる。天王祭は8月のお祭りだったが、あまりの暑さに神輿ごと川に入ったのがこの水中渡御のきっかけと言われている。

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神輿の水中渡御  朝早く神社を出発した神輿は、町中を練り歩き、羽村の大橋を渡り隣町青梅へ渡御した後、多摩川のへりに到着して青梅側からの水中渡御となる。堰堤では羽村の桜が満開で、花見がてらの大勢の見物人の歓声と拍手に応え水中で激しく揉むこと数え切れず、神輿を担ぐ若者たちは早朝からの重労働にへとへとだ。
 
山車と花万灯  花万灯を先頭に稚児さんに曳かれた
山車がやってくる。祇園天王祭の風流の伝統を受け
継ぐ賑やかな祭りだ。
 
 
 郷土玩具としても人気の「蘇民将来」  天王とは牛頭天王、素盞鳴尊(すさのおのみこと)のこと。疫病除けの神である武塔天神が、裕福な弟の巨旦将来に宿を乞うたが断られたが貧乏な兄の蘇民将来は快く泊めてあげた。武塔天神は「われは素盞鳴尊である。疫病が流行ったなら蘇民将来の子孫であることを名乗れ」と護符を授けたが、その後疫病が流行った時その護符を持っていた蘇民将来の一家以外は皆死んでしまったという。今でも、4月8日に「蘇民将来の子孫の門」と書いた紙を貼ると疫病除けになる風習は各地にある。

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羽村の地名  河岸段丘地の「ハケ」がハケ村となり羽村となったという説と、武蔵野台地の西端、中世における三田氏領の東端にあったため、「ハシ」がハシ村となり、羽村となったという説がある。

 
八雲神社のいわれ  祭神は素戔鳴尊。たいへんならんぼう者で、やまたのおろちを退治したエピソードの持ち主だ。 「八雲」の神社名は素戔鳴尊がつくったといわれる「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」の歌に因んでついたといわれる。
 
4月第2日曜日   八雲神社(℡042-554-3405稲荷神社)
(羽村市羽東2-14、JR青梅線・羽村

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