羽田神社祭礼

京急羽田線天空橋駅傍の河口に赤い鳥居が立っている。終戦直後、米軍から強制立ち退きを命ぜられた穴森稲荷が、鳥居を取り壊しにかかったところ事故が相次ぎ、空港駐車場に残されていた赤い鳥居だ。羽田祭の呼び物,町内神輿の連合渡御はここから出発する。町内神輿12基が次々に弁天橋を渡って行くが、橋の両側欄干に無数の大漁旗がはためいていて昔の漁師町の名残を残し、東京での神輿祭とは思えない珍しい風景を演出している。祭りの好きな土地柄で、「連帯」を示す注連縄が長々と横丁、小路まで張りめぐらされ、祭神、素盞鳴命にあやかる荒々しい神輿担ぎが特徴となっている。

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弁天橋を渡る町内神輿  羽田の荒っぽい神輿担ぎは、船が荒波にもまれてローリングする様を模した、かっての漁師町の伝統を残したもの。「ワッセ ワッセ」の掛け声とともに進み「ヨコタデオイデ イチニノサン」で、神輿を激しく右左に横倒しするように振る。
 
先触れの屋台が弁天橋を渡る  多摩川河口付近は少し前まで小さな漁船が沢山並んでいた漁師町。今でも漁業を営む氏子がいて大漁旗はその名残を残す。
 
揉まれる神輿  神輿は弁天橋を渡る手前と、渡った所で激しく左右にもまれる。写真は橋を渡って揉んでいる所。ここから次々に町内を回り夕方神社に入御する。

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町へ繰り出す  弁天橋を渡り激しくもまれた神輿はそれぞれの大勢の町の人を従えて町に繰り出して行く。

羽田の地名 羽田の由来は、羽田史誌などによると、1.河口で海に接する地を古くは「ハネ」と呼んだとする地形説、2.古代の荏原郡には蒲田など「田」のつく地名が多く、羽田もこの類とする地名説、3.羽田の発祥地と思われる場所を古来より「はんだ」と呼んでおり、羽田と「はんだ」を通音とする半田説、4.この地が海老取川を境に二分され、その形が海上からは羽を広げたように見えるとする地形説などが有力とされている。

 
7月最終日曜日   羽田神社(℡03-3741-0023
(大田区本羽田3-9-12、京浜急行空港線・大鳥居)

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