八朔相撲祭り

八朔とは8月1日のこと、毎年、大国魂神社ではこの日に「八朔相撲」が奉納されている。天正18年8月1日は徳川家康が江戸城に入城した日で、徳川幕府はこの日を公式の祝日と定め、諸侯が登城して太刀を献じ幕府は宮廷に馬を献じた。大国魂神社で行われる「八朔相撲」はこの江戸入城を祝って行われたものと言われている。奉納相撲は神の前で力競べすることによって神意を問い、年占いをしたり豊作を祈願するもので、江戸時代には各地の社寺で盛んに行われていた。この日、大国魂神社では祭式が行われた後、周辺各地から集まった若者達が境内の土俵で相撲をとり、昭和のはじめ頃までは非常に盛んだったが現在でも地元小中学生や各地の青年達が大勢集まり2006年で416回目を迎える祭りを賑やかに盛り上げた。

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八朔奉納相撲 旧暦8月1日は昔「田面(たのも)」または「田の実」の節句といって米穀の成就を祝う日で、秋の豊作を祈願する神事が行われ八朔相撲も豊作を祈願して奉納された。「頼む」の縁語でこの日には相互に頼む人に物を贈るようになった。大国魂神社の「八朔相撲祭り」は、家康公の江戸城入城を記念して始められたもので、この行事に家康公より賜った土俵四方柱の「みずひき幕」が現存しているという。
 
大国魂神社 祭神は大國魂大神(素盞鳴尊の子神)で12代景行天皇41(111)年5月5日を起源とする。後に本殿の両側に国内著名の神、六所[ろくしょ]を奉祀して、六所宮とも称せられるようになった。天正18年(1590)8月、徳川家康が江戸へ入城してからは、 武蔵国の総社であるために社領5百石を寄進された。もともと大國魂神社と称したが、中古以降、武蔵の総社となり、 又国内著名の神六所を配祀したので、「武蔵総社六所宮」の社号を用いたが 明治4年に、もとの社号に復した。
 
 

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八朔相撲祭りの式次第  先ず少年団体の部で2ブロック内のリーグ戦(1年生から6年生まで各1人づつ)、ブロック優勝チームによる決勝戦、中学生の個人戦、小学生の個人戦、少年の部の表彰式、功労者に対する感謝状、宮司挨拶、青年の部個人戦。
 
青年の部優勝カップ大国魂神社宮司盃の授与
416回八朔相撲青年部の熱戦
女の子の勝ち
持ちきれない参加賞 
見事な投げ技
 
少年の部  少年達は一生懸命、仕切りの前にまわしをポンと叩き、本格的に練習を積んで仕切りの構えも基本が出来ている子、男子にも負けない女の子、負けて悔し涙を流す子、殆どがただ、押すだけだが中には見事な投げを打つ子も。団体戦、個人選を通じ何度も出場するので、その度に参加賞を貰い、持ちきれないでいる子などなど。毎年、伊勢神宮で行われる「全国鎮守の森子供相撲大会」の選考会に大国魂神社からも今年から参加するとのことだ。
 
 
8月1日   大国魂神社(℡042-362-2130
(府中市宮町3-1-1、京王線・府中、JR武蔵野線・府中本町)

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