初大黒天祭

もともと大黒天はインドの神で一切の貧窮な衆生に福徳を与えるとともに戦闘の神で憤怒の形相をしていたが室町時代になって五穀豊穣を祝い踊る大黒舞が流行し、大黒天が福徳を与える神として信仰を集めるようになり、音が似ていることから大国主神(おおくにぬしのみこと)と同一視されて現在の姿となった。年6回の甲子の日の縁日を六甲子と呼び、二股大根などを供え、五穀豊饒の神、大黒天の堂に参詣するが、なかでも子の月、11月7日を子祭り、また新年の初甲子の日をその年初めての縁日としてご開帳が行われ参詣者で賑わう。東京には各地に大黒天を祀った寺社があるが護国院が有名で、江戸時代には正月3日に大黒湯といって、餅を浸した福湯を参詣者に飲ませた。これを飲むと飢餓が成就し、福徳と知恵が授かると多くの人が群集したという。護国院ではこの日、午前午後の2回大護摩供養を行い参詣者には木槌形をした打ち菓子と開運のお守りが配られる。

スポンサーリンク

甲子の縁日  大黒天の縁日が子の日なのは大国主神がねずみに救い出されたという神話にもとずいたものと言われる。

スポンサーリンク

上野公園の地名  寛永寺領だった上野の山が明治政府に接収され、公園として整備されたことから上野公園となった。住居表示は公園が町名の大半にあるとその名を住居表示にする傾向があり、そのまま周りの小さな町もあわせこの名になった。

初甲子の日   護国院(03-3821-3906
(台東区上野公園10-18JR.上野駅)
 

スポンサーリンク

\ おともだちにシェアお願いします /

こちらの記事もどうぞ