明治神宮、浅草寺の「初詣」

正月は新年を迎えるという気持ちから「歳神(としがみ)」というものが考えられ、神棚や門松などを設けて歳神を祀る神事的要素が強い。江戸時代その年の干支によって歳神のいる吉方の方位にある神社や寺院に詣でる「恵方詣」の風習が盛んになり元旦早朝から一番の開運札を求めて暗いうちから参拝人で賑わったという。初詣はこの恵方詣に端を発したものと考えられるが、今では恵方に関係なく人が集まる有名な寺社に初詣して、新しい年の幸運を祈る参詣人が集中する。東京では元旦だけは各鉄道が終夜運転を行い、これを利用して大勢の人が初詣に出掛けるが、例年、明治神宮と浅草寺が参詣者数を競っている。
 

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明治神宮初詣  明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする明治神宮は明治19年に明治天皇が「うつせみの代々木の里は静かにて都のほかの心地こそすれ」と詠んだ地、造営には全国から110万余の青年団員が勤労奉仕に参加し、総工費520万を上回る600万円の献金があったという。三が日の初詣客の数は300万人を上回る。
 
 
 
浅草寺初詣  浅草観音の名称で全国的に多くの人に親しまれ東京見物の名所ともなっている浅草寺は、日夜参拝者が絶えること無く、東京の初詣では全国一の明治神宮に次ぐ大勢の人を集めている。推古天皇36年(628年)3月18日早朝、宮戸川で得た観音像が本尊で、江戸時代幕府の祈願所と定められ堂塔の威容が整い江戸文化の中心として栄えてきた。
 
拝殿前で手を合わせ今年の無事息災を祈る初詣客
左手前の白い箱は賽銭箱だ。元旦午前中で比較的に
人出の少ない時間帯だが、若者の姿が目につく。
 
雑踏する仲見世通り 雷門から宝蔵門の仲見世通りは各店が元旦から店を開けていて、これから初詣する人とお参りが終り店をひやかす客が交差して通行もままならない。正月特有の和服姿を求め探したがこれでは無理だ。
 
 
 
江戸郷土玩具「ざるかぶり犬」 浅草寺、仲見世「助六」でしか売っていない江戸郷土玩具。竹かんむりに犬で「笑」、これに傘が加わって「重ね重ね」の笑い。2006年は戌年、笑い多き年たらんことを祈る。
 

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代々木御園町の地名  代々木は古くは戦国時代まで確認されている地名だ。この地にサイカチの木が多く村人が代々生産にあたったためであるなどの説がある。この頃にはすでに村として成立していたらしい。明治神宮の南側に連なる地として、昭和7年に神園町と名づけられ、昭和45年に「代々木」がついた。
 
浅草の地名  東京府志料には「草深い武蔵野の中で、草があまり茂っていないので浅草と言った」とあり、これが通説。浅浅とした草の生い茂る海辺の寒村であったことからついたようだ。治承5年(1181)にはこの名がみえる。
 
1月1~3日   明治神宮(℡03-3379-5511)(渋谷区代々木御園町1-1JR・原宿)  
浅草寺(℡03-3842-0181)(台東区浅草2-3-1、東武伊勢崎線、地下鉄銀座線・浅草)

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