東伏見稲荷神社の「初午」

初午は、その年の豊作祈願が原型で、それに稲荷信仰が結びついたものだ。本来は旧暦2月の最初の午の日、或は立春以降の最初の午の日に行われていて春先の行事だったが、現在では新暦2月の冬の一番寒い時期の行事となってしまった。全国稲荷社の本社である京都の伏見稲荷神社の神が降りた日が和銅4年のこの日であったとされ全国の稲荷社で祭典が行われるが、この日を蚕や牛・馬の祭日とする風習もあり江戸時代には、この日に子供が寺子屋へ入門した。東伏見稲荷神社はこの京都の伏見稲荷大社から関東の守護神として奉迎された全国で唯一の分社だ。初午祭には国の無形文化財に指定されている松本源之助社中による里神楽が奉納される。

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江戸里神楽  神楽は古代に発生した芸能で、民俗芸能の中では最も古い歴史をもつ。その起源は、神霊[しんれい]を慰めるために演じたもので、神に捧げる舞踊だ。「神を招き迎えたときの神霊の依りたもう座」を意味する神座[かむくら]という言葉が、神楽の語源と考えられる。古代に発生した神楽は、江戸時代初期には江戸市中に伝わり、江戸庶民の好みに応じて、いろいろな形に変化した。その一つが江戸の里神楽で、江戸と周辺の村々の神社の祭礼などで盛んに里神楽が奉納された。里神楽という呼称は、宮中の芸能と民間の芸能を区別するために付けられたといわれ江戸時代から江戸で伝承されてきた神楽を江戸里神楽とよぶようになった。現在都内には、間宮和麿社中(品川区)、若山胤雄社中(台東区)、松本源之助杜中(荒川区)と稲城市の山本頼信杜中と4つの江戸の里神楽が伝承されいずれも国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 
東伏見稲荷神社  祭神は宇迦御魂大神(うがのみたまのおおかみ)佐田彦大神(さだひこのおおかみ)大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)。朱色の社殿が境内の緑に映えて美しく、新東京百景の一つに選ばれている。昭和4年に京都の伏見稲荷大社から関東の守護神として奉還された全国で唯一の分社。3が日は100店ほどの露店が出店し、初詣参拝客は10万人を越える。

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東伏見の地名  東伏見と云う神社名は、京都伏見から東に遷した神社と云う意味。御霊代が京都から着御と同時に西武線元上保谷駅が東伏見駅と改称され、其の後地名も東伏見となった。

 
東伏見稲荷神社の初午  東伏見の駅に着いた頃、ポチポチ降り出した雨は11時頃になって生憎本降りになった。雪で今冬最も寒いという予報だったせいか、境内の参拝客は疎らで、階段を登って境内に入るために交通整理まで出る王子稲荷や、仏教系稲荷社の豊川稲荷の賑わいには比べものにならない。一つには駅から神社までの距離が遠すぎて年配者にはかなり負担がかかるせいもあるのだろう。参道両側に出ている露店も手持ち無沙汰だ。神楽殿で行なわれているお囃子の音だけが、お祭り気分を引き立ててくれるが、そのお神楽もお昼には休憩に入り、境内は静まってしまう。全国唯一京都伏見稲荷神社の分社というには何とも淋しい初午風景だ。
 
2月初午の日  東伏見稲荷神社 (℡0424-61-1125
西東京市東伏見1-5-38 ( 西武新宿線・東伏見.

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