初薬師

薬師如来の縁日は毎月8日と12日だが正月8日は初薬師として大勢の信者で賑わう。徳川二代将軍秀忠の五子和子がかかった悪質な眼病が新井薬師に祈願して快癒したことから「眼の薬師」と崇められ現在も目の病気平癒祈願のため参詣する人が多い。新井薬師の本尊は鎌倉時代の代表的な武将新田家代々の守護佛だったがある日忽然と消え失せた。その後相模国の行春が新井の里に草庵を結びその庭の梅の木の穴から尊像が発見され、この像を安置するため行春が新に堂を建立したのが新井薬師の始まりである。新井薬師の本尊は薬師如来と如意輪観音の2物1体の黄金佛で弘法大師の作。秘伝のため新井薬師では寅年に限り開扉される。

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初薬師の祈願法要  薬師信仰は奈良時代から盛んになり、貴人の病気平癒のため法隆寺、薬師寺、法輪寺など多くの寺院が造営された。中でも聖徳太子が造った法隆寺金堂の薬師像は日本最古のものとして有名。民間では平安時代ころから薬師信仰が盛んになり、眼病に霊験があるとされてきた。
 
 
 
門前風景  相模国の行春が新井の里に草庵を結びその庭の梅の木の穴から尊像が発見され、この像を安置するため行春が新に堂を建立したのが新井薬師の始まり。
 
水子地蔵尊を洗う信者達  本堂の右手前に立つ一体の地蔵尊、人々は行列を作ってかわるがわる洗っている。痛みを除くお地蔵様。
 
 
 

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中野の由来 中野郷。武蔵野の真ん中にある郷の意だ。貞治元年(1362)『武蔵国願文に初見する。別には善福寺川と妙正寺川の中の郷の意でもあるとか。

 

 
新井の地名  応永13年(1406)足利の臣矢田義泉が一族で開拓、同20年(1413)梅原郷主左衛門が来て住み、村の共同井戸を掘ったことから新井の名が起こった(窪寺文書)。
 
1月8日   梅照院新井薬師(℡03-3386-1355
             (中野区新井5-3-5、西武新宿線・新井薬師前)

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