星竹天王祭

旧桧原街道の秋川沿いの山腹に所在する星竹部落の鎮守、八雲神社の例祭は素朴な行事だ。午後、神明社の境内に行列一行が勢ぞろいする。御幣を先頭に供物、大大鼓、小太鼓、笛、そして神官の後ろに、笹竹の先に「奉納八雲神社」と書かれた五色の色紙が吊るされた幟を持った子どもたちが続く。行列は村を通過してやがて天王山の山道を登る。緑の山々に子供たちの掛け声と笛,太鼓が鳴り響く。山頂の八雲神社に到着すると祠の周囲に幟を立てかけ神前に御幣と供物を供えて式典を行い疫病除けを祈願する。式典が終ると下山して神明社境内で夕刻から嵐除けの獅子舞が奉納され賑やかな祭りが繰り広げられる。

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山頂の八雲神社 行列が山頂にある八雲神社の祠に到着すると、祠の周囲に幟を立てかけ、神前に御幣と供物を供えて祭典を行い、疫病除けを祈願する。そして各戸に護符と子供には菓子が配られる。
 
村廻り 五色の色紙を張り合わせた紙に、「奉納 八雲神社 年月日 名前」を書いて笹竹の先につけた幟をもって村廻りをする。
 
山道を行く行列  太鼓が「どーんどーん、カツカツ」と打ち鳴らされると子供たちが「ヨーエ、ヨーエ」と掛け声がをかけるが、これは「伝、伝、各戸、各戸」「世栄、世栄」の意味。幟に付けられる五色の色紙は、紫は天、黄は大地、赤は太陽、緑は樹木、白は水または天王を表しているという。
 
神明社を出発する行列

五日市の地名 「五日市」という地名の由来は、江戸時代に、毎月5と10の日に 奥秋川方面の山方と、武蔵野台地の里方の産物が 取り引きされていたためだといわれている。「五日市という地名の記録的な上限は天正2年であるから、約400年前からということになるが実質的にはそれ以前から存在したものであろう。 五日市が確りした市場として発足したのは、江戸期の承応2年(1653)頃からではなかろうか。」

9月第1土曜日   八雲神社(℡042-596-1975自治会長黒山氏) 
(五日市町星竹、JR五日市線・五日市→バス西戸倉)
 

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