入野の獅子舞

金毘羅山の頂上にある琴平神社の例大祭に、登山口入野部落の獅子舞が奉納される。以前は厳冬の1月9日に山上で行われたが、あまりにも寒いということで、現在は5月の第2日曜日に変更され、獅子舞の奉納場所も2001年より入野の薬師堂に改められた。その系譜を語るはっきりした資料は無いが、現在用いられている獅子頭は2代目で文政7年(1824)8月に再色している。当時、獅子頭はおよそ100年間使用すると塗り替えたと言われているので、入野獅子舞の起源は少なくとも江戸中期の享保年間頃(17161735)と300年以上前からのものと推定されている。

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入野に残されている演目は毬懸り、竿懸り、三拍子,花懸り、女獅子隠し、太刀懸りなど八つ。獅子は「太夫」「雄獅子」「女獅子」の三匹、ささら4人が4隅に立ち、「はいおい」が数名。
 
藤懸り  写真の演目は「藤懸り」

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五日市の地名 戦国末期、5の日の定期市が開かれており、この定期市によって地名が名付 けられた。五日市の地名は、戦国末の北条支配期に地名が始まりで1574年には「五日市」の名称が文章に表れている。

「あきる」と いう 地名の 由来 あきる野市は平成7年9月1日、秋川市と五日市町が合併して誕生した。「あきる」の由来には諸説あり。① この地域を流れる秋川がしばしば 氾濫して田を流したため 「畔切川」と呼ばれるようになったのが起こりという説「子供の村」を意味するという説。古い 歴史をもつ「阿伎留神社」は大国主命の子供を祀っている。③ 新羅からやってきた 女神 「アカルヒメ」に 関連があるという説。④ 「葦の茂った道筋」を 意味するアイヌ語から来ているという説など。

5月第2日曜日   琴平神社(入野薬師堂℡042-596-1511市観光課)
              (あきる野市五日市入野、JR五日市線・五日市)

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