じんがんなわ祭り

毎年1月7日早朝、大門厨子(部落)の人々が、持ち寄った藁で6mほどの大蛇を編み上げ木の枝に渡らせた後、干葉粥(ひばがゆ)を施し、五穀豊饒と無病息災を祈願している。昔、薬師堂にいた白蛇が堂焼失とともに消えうせ、以後飢饉、疫病が絶えなかったので、その蛇は薬師如来の使いであったとして藁を持ち寄り蛇を編み木にかけた所、疫病飢饉がなくなったという伝えによるもの。500年以上も続く民俗行事を一切の商業主義抜きで守りぬこうとする大門の人々の心意気が感じられる得がたい祭だ。

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藁で作った大蛇  保存会会長は、この蛇作りのため大乗院の隣に田んぼを残し、その稲藁を毎年供出している。「じんがんなわ」の語源は「神願」または「蛇縄(じゃなわ)」が訛ったものという。
 
 

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  揃いの法被を着て大門部落総出で蛇を作る  朝9時から藁打ちに始まり小さな藁束をこしらえ、これで直径10センチくらいの藁筒三つに編み上げこの三つを編んで長さ6メートルの蛇の胴体を作り上げる。出来あがると別途作成した頭をつけ法要を受けた後3人がかりで木の上に這わせる。すべてが終了するのが正午を廻り参加者にはお土産を持たせて散会となるが、この後干葉粥(大根の葉っぱ)が振舞われる。
 
出来あがった蛇の頭 
可愛らしい蛇の頭は法要の後、いったんはずされ胴体が木に乗せられた後再びつけられる。
 
足立区の地名  昔は海辺に接していた低湿地帯の一部で、 湿原や荒地だったと推定され、あたりに葦がたくさん生えていたので、「葦立ち」 といったのが、「足立」になったという。「足 立」の地名が記載されている最も古いものは、平城京二条大 路から発見された木簡で、天平七年(735年)と記されている。
 
保木間の由来  大同年間(806~809)山城国(京都府)から八人の者がやってきて湿地を開拓し部落を形成したとき、材木で柵を作って堤や土地の土留めをしたが、そのことを保木間といい村名にしたという。地名用語で「ホキ」は「地滑り、地崩れ・崖崩れしたところ」を表し、「マ」は「場所・中央」を表すから地崩れしたしたところを補強して土地を造成した開墾地の意だろう。
 
 
1月7日   大乗院(℡03-3883-8648
(足立区西保木間2-14-5、東武伊勢崎線・竹ノ塚→バス・北保木間)

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