十二社熊野神社祭礼

新宿西口の新都心地区の緑地帯・新宿中央公園に接して熊野神社がある。このあたりの町名は今は何の変哲も無い「西新宿2丁目」となっているが、昭和45年までは「十二社」という町名であった。その名は当熊野神社が紀州熊野の十二所の神々を勧請したことに由来する。この熊野神社の3年に1度の本祭では(2006年が本祭)多くの人出で賑わう西新宿と新宿駅周辺、及び歌舞伎町にまたがる氏子地域の総鎮守として御本社神輿が渡御し、また、神楽殿では里神楽が奉納される。

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神輿のちどり担ぎ  この地域の神輿の担ぎ方は他の地域の神輿と違い伝統あるちどり担ぎだ。四谷担ぎと同じだが、先棒(はなぼう)の担方が特徴で肩に入れるのではなく、首の後で受け止め、両手を添えて腰は折らない。足をチョイチョイ出して進むので千鳥足のよう。担ぎ声は「おいさ、ちょいさ」が主。
 
三本足のカラスは熊野神社のシンボル  八咫烏(やたがらす)とは、三本の足をもった大きなカラスで、神武天皇が東征のとき、熊野から大和に入る険路の先導になったという大鳥だ。熊野と八咫烏とはこのような深い繋がりがあり、本山である熊野三山の神紋で、十二社・熊野神社の交通安全の御守りにも描かれている。
 
十二社熊野神社  十二社熊野神社は、室町時代の応永年間(1394~1428)に中野長者と呼ばれた鈴木九郎が、故郷の紀州熊野三山に合祀されている上四社・中四社・下四社の十二所権現をうつして祠ったもの。江戸時代には、熊野十二所権現社と呼ばれ、享保年間(1716~1735)には八代将軍吉宗が鷹狩を機会に参拝するようになり、滝や池を擁した周辺の風致は江戸西郊の景勝地として賑わい、文人墨客も多数訪れた。明治維新後、熊野神社と改称した。狂歌師の蜀山人が「熊野三山十二叢祠(そうし)」といったのがもとで、「十二社」を「じゅうにそう」と呼ぶようになったといわれる。
 
 

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二乃宮神輿の宮出し
一之宮神輿の宮出し差し上げ
 
本社神輿の宮出し  御本社神輿は一乃宮・二乃宮と二基あり、宮出は日曜日の午後1時、神社鳥居前の十二社通りから行われ、甲州街道を経て夕方まで新宿駅周辺の氏子地域を廻り宮入は夜になる。一之宮神輿は、昭和3年(1928)に十二社と淀橋の氏子により製作されたもの。二之宮神輿は平成9年(1997)に御鎮座600年を記念して製作された。両神輿とも3年に1度の大祭に巡幸する。
 
 
9月第3土・日曜日   十二社熊野神社(℡03-3343-5521) 
(新宿区西新宿2-11-2、大江戸線・都庁前、中央公園最寄出口)

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