鏡開き

江戸時代、正月11日に武家では男は具足に供えた具足餅、女は鏡台に供えた鏡餅を槌で打ち欠いて食べ、民間では神棚、床の間、井戸、かまどなどに供えた鏡餅を食べるのをならわしとした。平安時代にはじまった長寿を祝う正月行事、歯固(はがため)が江戸時代に定型化されたものだ。日本武道館ではこの日、鏡開きに先立ち、鎧兜に身を固めた参加者により「鎧着初め式」が厳粛に行われる。武士の戦場での晴れ着は鎧兜で、武具とともに大切にされてきたが、これを新調したときと、元服の時にはじめて鎧を着る儀式である。続いて大将軍役によって館内に供えられた大鏡餅を割る、恒例の「鏡開き」が行われた後、副将軍役2名による酒樽の鏡が開かれる。

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大鏡餅を割る  鎌倉武士の軍装で身を固めた大将軍役が、木槌で鏡餅を打ち欠く。武士は餅を刃物で切ることを忌み、弓の弦で斬った。割られた餅は式後、汁粉に入れて全員で食べる。  
 
 
酒樽の鏡開き  大将軍役の鏡餅の鏡開きに続き
副将軍役二名によって酒樽の鏡開きが行われる。
 
 
鎧着初め式  鏡開きに先立ち鎧着初め式が厳粛に行われる。武士の戦場での晴れ着は鎧兜で武具とともに大切にされてきたが、これを新調したときと元服の時にはじめて鎧を着る儀式である。

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北の丸公園の地名  昔は代官町といい、その名のとおり地方役人を多く住まわせた町だったが、住居表示改正の時、北の丸公園しか町内に無かったためにこの名になってしまった。
 
千代田の地名  江戸城のあるところ。千代田というのは、この地に昔からあった地名で、肥沃な田地であったことからその雅名を取って名づけられた。大田道灌が江戸城を築いたときに「千代田」を選んだのが、別名「千代田城」の起こりである。区の語源ともなる地名で、そのため昭和42年の住居表示の実施のときに町名とした。
 
成人の日   日本武道館(℡03-3216-5100)
(千代田区北の丸公園2-3,地下鉄東西線・九段下)

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