亀戸浅間神社例大祭

当社の例大祭は例年7月1日だが、それは茅の輪くぐりのおこなわれる夏越の祭りの翌日にあたる。すなわち例大祭は本来、富士山の開山祭で旧暦6月1日になされていたものを月遅れの7月1日に移したものだ。ただ、この日は神事が行われるだけで大神輿が出る本祭は4年に1度で(2009)8月第1日曜日におこなわれる。当日は、発輿式が主な行事で御霊移しの後、宮司、宮総代の挨拶、乾杯などがあって山車、子供神輿、大人神輿が順次宮出しされる。周囲は高層マンションが林立しているが、その新住民も子供達が神輿担ぎや山車を牽引するなど祭礼に参加し、神輿の巡行経路にもマンシヨンを加えるなど新旧住民の融和も進んでいるようだ。本祭の2年目ごとに中神輿が出ている(2007)。

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亀戸浅間神社例大祭見学記  神社は東大島駅から新大橋通りを渡り、整備された大通りを一直線、首都高速を過ぎて直ぐの所にあるのだが、道の両側それに神社の周囲は高層マンションに囲まれ一軒家は殆ど見受けられない。浅間神社の祭りも、いきおい新住民がその賑やかさを増している感じを受ける。境内には、子供達に祭りの経験をさせようと子供神輿を担がせ太鼓山車を引かせる大勢の親達の姿が目に付く。大祭式典は7月1日に終わっているので、今日は発輿式のみで午前7時から神輿の御霊入れから始まる。青地に赤字で祭と染め抜いた半纏を着た担ぎ手達をはじめ大勢の同好会それに祭り客が神輿を囲み儀式は厳かに進行する。暫く間を置いて宮司、総代や稚児達が記念写真を撮ったり、また間を置いて宮司や総代長の挨拶がある。7時半、先ず、山車の宮出しだが、つき添いの親達の影に隠れて引っ張っている子供達の姿が見えない。その後が子供神輿だ。新住民の増加で子供がやたらに多い。最後が大人神輿の宮出しだ。鳥居をくぐるまでは氏子が担ぐのだが4年ぶりの出御という神輿、大きくて立派で担ぎ甲斐があるだろう。鳥居をくぐると同好会に引継ぎ、町内を巡幸し夕方宮入りする。
 
山車宮出し 付き添いの親たちで引っ張る子供の姿が見えない
子供神輿の宮出し  新住民の増加で担ぐ子供達の数も大勢だ  
稚児さんたちと氏子総代達  総代達は大きな菅笠、稚児さんたちは花の冠
 
亀戸浅間神社  大永七年、室町時代、富士信仰の尤も盛んな時代に、里人たちは、甘露寺元長に勧請し、霊峯富士山の御守護神、木能花咲耶姫命を戴き、この笄塚の上に浅間神社として創立し、御遷座をなした、とされている。関東最大の茅の輪くぐりで有名。
 
神社神輿の宮出し 台座3尺5寸(107)寛政2年に桃の井源弥によって作られた平屋台造りの大神輿だ。神社は高層マンシヨンに囲まれ、一軒家は殆ど見当たらないが、宮出しは氏子町会によってなされ鳥居をくぐって同好会に町内渡しとなる。
 
亀戸の地名  元々は亀井戸と書いたことに由来するものである。元々の地名は「亀島」(または亀ヶ島、亀津島)で、その名の通り亀の形に似た島であったことによる。後に島の周辺に土砂が堆積して周りの島々と陸続きになり、亀島は亀村と呼ばれるようになった。これが、現在の亀戸三丁目附近にあった臥龍梅庭の井戸「亀ヶ井」と混同されて「亀井戸」と呼ばれるようになり、さらに「井」が取れて亀戸となった。
 
8月第1日曜日   亀戸浅間神社(℡03-3682-1581
       江東区亀戸9-15-7(都営新宿線・東大島)

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