上郷八坂神社例大祭

上郷(青梅市梅郷6丁目)の八坂神社例大祭ではかって文化8年に作られた古い神輿が氏子町内を渡御していたが1991年の出火で社殿もろとも焼失してしまった。社殿は‘93年に再建されたが神輿は再建されず例大祭には上郷梅老若囃子連が演ずる山車が賑やかに巡行するだけだった。2010年3月、地元棟梁鈴木伸一(のぶお)氏によって旧神輿そっくりの江戸神輿が再建され8月の例大祭には宵宮の午後6時に宮出しされ、自治会館に1泊し翌日午前9時より発興式、10時に自治会館から氏子若衆に担ぎ出され山車とともに町内を渡御巡行し神酒所、お旅所を経て午後4時に宮入し還幸祭が行われた。
前祭典委員長・清水京一氏から沢山の資料を頂戴し、本サイトの記事に引用させて頂きました。心より御礼申し上げます。

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発興式修祓  神輿は宵宮に宮出しされて自治会館に1泊し、祭礼日に発興式が行われる
玉串奉奠  宮司の次ぎに祭典委員会前委員長清水京一氏が。浄財集めにもご尽力された方。
祭典委員長の挨拶  新しい神輿の製作者・鈴木伸一(のぶお)さんは祭典委員長。
 
神輿に飾紐をつける  発輿式が終わると神輿は表に出されて紅白に黒の縒紐で縛られる
出御前の手締め  渡御の無事を願って手を締める。お神酒は配られるが乾杯はしない
行列の出発  榊を捧げた神官と先祓いの御幣を先頭に。花万灯が行列を引き立たせる
 
発輿式と神幸行列出発  目指す自治会館は青梅線日向和田駅から吉野街道に出て右折、梅郷6丁目のバス停の直ぐ近くにある。猛暑が続く盆休みの最中とあって、涼を求めて奥多摩方面に向かう車が多く、歩行には要注意だ。発輿式神事は午前9時から、宮司一拝で始まり、修祓、祝詞奏上、玉串奉奠、宮司一拝で終わる。その後、祭典委員長、来賓の挨拶があり、お神酒が配られるが乾杯は無い。神輿は今まで納められていた自治会館から表に出され、数人がかりで、紅白と黒の飾紐が付けられる。飾紐というより神輿の胴体を台座にしっかりと固定して、長い渡御時間に備えるための縛り綱という感じだ。午前10時、全員、神輿の前に集まり手締めが行われて神輿が上がる。先頭は榊を捧げ持った宮司、先祓いの御幣で、あとに花万灯、神輿が続くが華やかな花万灯が行列を引き立たせる。皆、白丁を着ているが神輿の担ぎは静かだ。牛頭天皇の祭りでは荒っぽく担ぐほどご利益があると、神社によっては二天棒で左右に荒っぽく揺らせながら担ぐところもあるのとは対照的だ。神輿のあとには山車が続く。そして、普段より交通量の多い吉野街道に出た行列は左折して、大勢の交通整理の警官の助けを借りながら氏子町内の巡行を始める。
 

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上郷の八坂神社の神輿の由来(八坂神社氏子有志作「上郷の八坂神社の神輿」より )  上郷八坂神社神輿は文化8年(1811)神仏混淆当時、祭主を務めていた大聖院住職・宥善の代にムラ中の安泰を願い造立されたもので、神輿の台座(土台)の内側には住職の名などと共に「細工人 武井喜太郎」との墨書があった。延屋根、胴太、総漆塗りで、台座3尺2寸、屋根中央の露盤の上には擬宝珠(ぎぼし)を据え、屋根紋(四面)には巴紋を施し、胴の左右には祇園守を崩した神紋を組込み、胴の周囲には鳥居、囲垣を取付けるとともに瓔珞(ようらく=垂れ飾り)、四隅の隅木には風鐸(ふうたく=鐘形の風鈴)を飾っている。豪華さは無いが貴重な「古式の神輿」だった。
 
再建された新神輿  地元棟梁・鈴木伸一(のぶお)氏が自ら製作したものを譲り受けたもので、台座幅は旧神輿と同じ、擬宝珠を含めた高さは163㎝(旧神輿は158㎝)、その他各部分の構成は旧神輿と同様。
 
上郷梅老若囃子連(かみごうえびわかはやしれん)
明治初年、川越方面から伝わってきた重松囃子の流れを汲み、大太鼓、小太鼓(2)、笛、当り鉦のいわゆる五人囃子に踊り手が入る構成だ。

山車行列は万灯、拍子木、金棒(小学6年生男女)山車、花車、の順となる。山車は昭和58年(1983)制作。

上郷八坂神社
  祭神・須佐之男命 、創立年代は明らかでないが京都・祇園社の分霊を勧請したと伝えられ、もと牛頭天王と呼ばれていた。明治維新の神仏分離の布告により八坂大神と呼ばれ、のち、八坂神社と改称した。平成3年、本殿、御神像、拝殿、神輿など悉く焼失、新社殿は平成5年に竣工した。上郷の青年達は維新から50数年後の大正末期まで八雲神社と別称していたが、須佐之男命が出雲の地で初めて詠んだ「八雲立つ出雲」の八雲に因んで名づけられたという。
 
神輿渡御のようす(八坂神社氏子有志作パンフ「上郷の八坂神社の神輿」より )  祭礼前日の夕方、八坂神社で神幸祭神事のあと、ご神霊を神輿に奉安し、出御(宮出し)、神輿は吉野街道を中郷境まで往復し、自治会館(昭和30年代までは大聖院本堂)に安置された。神輿には山盛りのキュウリが供えられ、宵宮が行われた。祭礼当日は発輿式神事のあと、神輿、山車の巡行が始まり、神輿は、担ぎ手16人と御幣(先祓)、万灯、休み台、榊台6人の計22人の白丁によって渡御する習わしだったが、担ぎ方は「お旅所」でもみ合う以外は静かに「ヨイヨイ、ヨイヨイ」という掛け声を繰り返しながら担ぐおとなしいもので「ヨイヨイ様」とも呼ばれた。(中略)町内の渡御に続き中郷での接待を終え、神輿が山車と別れて下山八幡神社の鳥居をくぐる時から「送り太鼓」といわれる祇園囃子の伴奏により、「マーダ、マーダ」の掛け声とともに、担ぎ方はより静かになる。この時は、山車の上でも祇園囃子を奏で、神輿を送る。再び神輿と山車は合流し、最後のお旅所に立ち寄ったのち、神輿は山車の祇園囃子に見送られながら還御に向かう。参道の石段を左右に揺れながら行きつ戻りつ登って行く姿は、胸に迫るものがあった。こうして宮入し、神輿は拝殿に安置され、ご神霊は本殿に納められ、還幸祭神事が行われ、祭礼は終了となった。
 
8月第3土・日曜日   八坂神社(℡0428-76-0388 神社総代清水京一様 )
              青梅市梅郷6丁目1628(JR青梅線・日向和田)
 
 
(注)神輿・山車、発御以後の説明記事について  上郷地区では八坂神社氏子有志によりパンフが作成され「上郷の八坂神社」「上郷の八坂神社の神輿」が詳細に記載され、また、郷土史研究家による「上郷の祭りと郷土芸能」の紹介、郷土ニュース「KAMIGO」では伝統行事の紹介など貴重な活動が続けられている。当サイトではこれ等を参考に、或はそのまま引用させて頂き、神輿、山車発御以降の説明に代えさせて頂いた。

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