上田端八幡神社祭礼

今から800年程前の鎌倉時代に源頼朝が創建したという古い歴史を持つ上田端八幡神社だが、付近に小説家の菊池寛、詩人の室生犀星、画家の倉田白羊、彫刻家の吉田三郎や池田勇八などが住み、八幡坂下の「紅葉館」には小説家の堀辰雄が下宿していて田端文士村を作っていたことでも知られている神社だ。その本祭は2年に1度で、神幸行列が行われ神社神輿が出御する。祭神を神輿に遷して神職・総代らが供をして氏子区域内又は祭神ゆかりの地などを隈なく巡幸するものだが、午後4時に出御し神社に戻るのは7時過ぎとなる。

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上田端八幡神社  江戸時代、田端村は上田端と下田端にわかれていて、この八幡神社は上田端の鎮守で品陀別命(ほんだわけのみこと)を祀る。文治5年(1189)に源頼朝が、この地の豪族豊島氏と共に奥州の藤原一族を平定し、その帰路に鎌倉八幡宮を勧請したといわれている。境内に白髭神社、稲荷神社、大山祇(ずみ)神社が祭られ神社脇には八幡坂が延びている。

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宮出し
八幡坂を行く神社神輿
 
神社神輿  神社神輿は台座2尺5寸(75)大正時代に作られ作者は不明、 唐破風軒屋根・勾欄造りで上野大正博覧会の展示品を購入したもの
賑やかなお囃子が行列を盛り上げる
揃いの黒烏帽子に衣服を纏った総代達
宮司に先導される神輿
 
宮出しと神幸行列  平成20年は8月10日(日)午後3時15分、神職が供物を捧持して拝殿から出て来て、出御式が始まる。お祓い、祝詞奏上、玉串奉奠と儀式が進み、神輿長の木が入り午後4時に宮出しとなる。2年に1度の本祭も、この神幸祭で終わりを迎えるとあって、八幡坂をのぼる神輿の担ぎにも熱気が漲る。
 
田端の地名  江戸時代に田端村としてできた。田圃の端(はじ)に拓いた村であることから、田端と名づけられたといわれる。
 
8月14日前後の日曜日   上田端八幡神社(℡03-3828-2798
              北区田端4-18-1(JR・田端)

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