烏森神社例大祭

烏森神社例大祭は稲荷信仰に従い以前は2月初午の日に行われたが、明治以降2年に一度、端午の節句に、都内夏祭りのはしりとして行われている。(2006年本祭)境内が非常に狭く、参道も幅2メートル位で両側にぎっしり飲み屋が建て込んでいるため、普通の形での宮出しが出来ず、駅前の「ニュー新橋ビル」を一周することが、宮出しとなっている。 オフィス街は、休日でひっそりしているが場所が新橋駅のすぐ近くのため、雄壮に練る神輿を見ようと大勢の観客が立ち並ぶ。また道路は車の往来が激しく、片側2車線程度の道を通行止めにする中を神輿は進む。

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宮出しはSL広場から  新橋駅のSL広場のすぐ傍の路地を入った所に神社があるが、珍しい八棟の屋根を持つ本社神輿 はかなりの大きさのため、神社から担ぎ出すことができず、SL広場に飾られて、ここで儀式が行われてここから出御する。獅子頭を先頭に太鼓、天狗、榊を持った神官、木遣り、揃いの羽織袴に菅笠をかぶった氏子役員が続き、その後に大神輿と全く同様の中、小神輿が続く。そして最後が道路一杯に練り進む大神輿だ。
 
烏森の地名  古くこのあたりが武蔵国桜田村と呼ばれていた時代には、江戸湾に面した松林一帯を指し示す「枯洲(かれす)森」に由来するという。また、鳥が多く集まって巣をかけていた松林だったので「烏の森」と呼ばれるようになったともいう。明治以降昭和7年までは町名として使われていたが、その後現地名の新橋に改められ、今ではJR新橋駅の烏森口としてその名をとどめている。
 
烏森神社   枯洲森に社殿を建立したのは、平将門を鎮圧した俵藤太として知られる鎮守将軍藤原秀郷だ。境内の狭さは江戸初期から変わらないとのこと。明暦三年(1657)、有名な大火(振袖火事)では当社の周辺も大方焼けてしまったが鳥森稲荷社だけは類焼をまぬがれ、以後当社に対する屋敷神としての信仰はますます厚くなっていった。
 
烏森神社の神輿 神田・多し鉄(だしてつ)が製作した台輪の大きさ4尺2寸の豪華な大神輿。4面ある屋根の各面に切妻が載っている「八棟造り」で平屋台、蕨手上に神社に因んで「烏」を置いているのが珍しい。昭和57年に神田宮惣によって解体修理が行われた。宮神輿は中と小もあり大と全く同じ造り、小は女神輿だ。

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SLの前で宮出し儀式
 
5月4・5・6日   烏森神社(03-3591-7865
(港区新橋2155、JR、地下鉄・新橋)

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