吉祥寺秋祭り

2007年で35回目を迎え、すっかり吉祥寺の風物詩となった「吉祥寺秋まつり」だが、昭和48年に武蔵野八幡宮例大祭に、サンロードと平和通りが連合で神輿を出したのが始まりだ。昭和8年に作られ昭和51年に修復して復活した神社神輿が白馬の先導により吉祥寺の町を渡御するが、これに町神輿10基が加わる神輿祭りだ。土曜日は宮神輿の単独渡御、日曜日に各商店会の神輿が繰り出し、午後3時には平和通りに集結して連合渡御となる。なお、武蔵野八幡宮の例祭は15日に近い金・土曜日に行われる。両日とも、武蔵野八幡宮、平和通りなどで縁日が開催される。

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武蔵野八幡宮 桓武天皇の御代延暦8年、坂上田村麿が宇左八幡大社の御分霊を祀ったと伝えられ、四代将軍家綱の頃江戸小石川水道橋外吉祥寺火事の後、周辺町民に移住を命じ、寛文初年吉祥寺村開村により村民の氏神様として尊崇されて来た。祭神は誉田別尊、比賣大神、大帯比賣命。0422-22-5327 吉祥寺東町1-1-23
 
武蔵野八幡宮神輿の宮出しと町内渡御  土曜日、神輿の宮出し前に八幡宮拝殿で発輿式が行われ、乾杯や手締めの後、神輿が上がる。 土曜日は午前11時、日曜日は午後1時に神社を出発するが、五日市街道を神官が跨った白馬が先導し、大きなまといを振りながら木遣りが続くが、この木遣り調子外れで聞き苦しい。各町の名入り提灯を左手に、扇子を右手にかざした「テコ舞」が後を追い、お囃子に合わせておかめ、ひょっとこが踊る。賑やかな掛け声とともに神社神輿がサンロードに入り、西友前で小休止するが引き続き町内を巡行する。
 
宮出し、境内を練る 
神社神輿、サンロードを行く
 
吉祥寺の地名  吉祥寺という寺は、江戸の本郷元町(現在の東京ドーム付近)に存在した。1657(明暦3)年、1658(明暦4)年の江戸の大火(明暦大火)で、吉祥寺も、その門前町も類焼してしまった。門前町の住民たちは幕府の命で武蔵野の林野・荒地を開拓し、そこに住み着くようになり、地名も吉祥寺と名づけられるようになったという。本家本元の吉祥寺の方は、本郷駒込(現在の文京区本駒込)に引越し、現在もそこにある。
 

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町神輿の連合渡御  上記三神輿に加えて「サンロード神輿」、「五日市通り親交会神輿」、「稲荷町神輿」、「南町祭礼神輿」、「井の頭通り神輿」、「大正祭礼神輿」などの計10基の町神輿が参加して平和通りで連合渡御を行い吉祥寺駅前は見る人担ぐ人で溢れお祭り一色に染められる。
 
ダイヤ街神輿,元気一杯、楽しさ一杯、  古典的な三社型の本格的神輿。すっきりとした屋根が特徴だ
 
平和通り神輿 昭和59年に作られた上州神輿。担ぎ棒に丸太を使うなど、担ぎやすさに工夫。
祥南会神輿  昭和60年から参加。これで北口6商店会に加え、南口商店会にも祭りが広がった。
 
 
9月第2土・日曜日   吉祥寺平和通りほか (℡0422-21-1251事務局)
武蔵野市吉祥寺(JR、京王井の頭線、地下鉄東西線・吉祥寺)

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