貴船神社例大祭

本祭は毎年6月7日に近い金・土・日曜日に行われ城南神輿では唯一の8棟造りの神社神輿が土曜日午後8時に宮出しされて夜間渡御の後、御仮屋に1泊する。翌日曜日、午前中は町会神輿の連合渡御があり、本社神輿は午後1時、御仮屋を出御して神田祭、三社祭、深川八幡祭などいわゆる江戸神輿とは異なり、大拍子を付け城南神輿で担がれて氏子町内を渡御し午後7時半に宮入りする。(宮出し宮入時間は2007年実施時間)

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宮出しと夜間渡御  雨で拝殿前にテントが張られると建物が隠れてしまうようなこじんまりとした神社で境内も狭いのだが、宮出しの時間が迫ると、大勢の氏子と祭り客が境内を埋めるのは流石、当地域で「貴船さま」と呼ばれる最古の神社の貫禄だ。神楽殿では奉納舞踊が発輿式寸前まで達者に舞われている。この神社では御霊移しが、祝詞奏上、玉串奉奠などの儀式が終わってから行われ、木遣りに続いて大拍子が叩かれて神輿が担ぎ上げられ境内を練った後、鳥居をくぐると直ぐに町内渡しが行われる。「謹んで大事にお守りします」という元気な声と共に再度、渡御開始、閑静な住宅街を巡幸してゆく。担ぎ方はいわゆる城南担ぎだ。担ぎ棒が横に組まれ、左右の担ぎ手は神輿をはさんで向かい合い、進行方向は横になり担ぎ手は蟹歩きになるので、四方からの力が不均衡となり前後左右にうねるので、神輿は蛇行しながら進むことになる。神輿の胴に神楽で使う大拍子(桶胴の締め太鼓) が括り付けられ、この締め太鼓と篠笛に合わせて担ぐのも特徴だ。城南神輿は品川区、大田区、世田谷区の限られた地域で渡御されている。
 
大勢の祭り客で埋まった境内を練る
 閑静な夜の住宅街を賑やかに巡幸する
八棟の貴船神社の宮神輿  昭和50年に中村正治により製作され台輪寸法2尺5寸の八棟神輿だ。葺返しのない唐破風軒屋根の勾欄造りで、関東大震災で焼失した富岡八幡宮の宮神輿を参考に製作された。平成8年の江戸神輿大会にも出御したが城南神輿では唯一の八棟神輿 だ。
 
貴船神社 元明天皇の和銅2年(709年)藤原伊勢人の御勧請により創建され、貴布裲大明神と号していた。水神として崇められ、享和3年(1803年)貴船神社と書くように改められたと伝えられる。当地方最古の神社。品川(旧三ツ木村)の鎮守として氏子の崇敬厚く昔から信仰の中心として永く栄え、神殿は昭和20年5月戦火を蒙ったが、西品川氏子6地区の崇敬奉賛の熱意により再建された。

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品川の地名由来 ① 品川は目黒川の古名 ② 出崎や山や谷があって品の良い地形なので、高輪に対して「品ケ輪」と名づけた。 ③目黒川は、上無川の神奈川に対する下無川であるとし、「下無川」を後に品川と呼んだ ④鎧の威(オドシ)に用いる品革を染め出した所であるから、品革が品川になったのだ。 ⑤領主の品川氏(品河と称した時期もある)から起こった、という5説があるが、5番目の領主の品河氏の名前からつけられたのが有力と言われている。品川氏館の所在地は、この貴船神社のある台地が有力な推定地となっている。品川氏は鎌倉幕府の有力御家人であったが、応永31年(1424)に鎌倉公方足利持氏の命令で館周辺以外の所領を没収され、それ以降の品川氏は史料にも見られず歴史の舞台から姿を消している。
 
 
 
6月7日に近い土・日曜日   貴船神社(℡03-3493-6761
品川区西品川3-16-31JR山手線・大崎)

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