金龍の舞

推古天王36年(628年)3月18日に、宮戸川(現在の隅田川)に浅草寺の本尊、観世音菩薩が出現したと言われる。この日を記念し、浅草寺では示現会としての法要が行われ、「金龍の舞」が奉納される。宮戸川から現れた観音像を祀ったところ、3日後に百尺の金龍が舞い下りたという言伝えを、本堂完成の記念に昭和33年から創始された行事で、金龍山号の由来する浅草寺縁起に因んだものだ。神輿を先頭に宝蔵門から現れた金龍は、舞い踊りながら参道を進み、本堂横の境内で華やかに舞う。

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総金箔の龍を8人の手で  交代要員、お囃子を入れ総員約30人、山車には浅草芸者衆が乗り、囃したてるのもまたみもの。金龍は総体重が80キロ、頭の重さが11キロあり、長さは14.5メートルという大きなもの。
 
煙に浮かぶ金龍  宝蔵門をくぐり舞ながら本堂に近付いて来る。宮戸川から現れた観音像を祀ったところ三日後に百尺の金龍が舞い下りたという言伝えを昭和33年の本堂完成を記念して創始された行事。
 

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浅草の地名  往古、草深い武蔵野の中で浅草の一画は茅や芝草ばかり浅々と生い茂っていた草原だったので、京都の深草と対比して「浅草」の地名が生まれというのが定説だ。「浅草」の地名は鎌倉時代の初期には既にあり、浅草寺周辺だけを浅草と呼び、地域は狭かった。その後、江戸時代には後の「浅草区」の区域に近づくほどまで範囲を広げ、かつて独立して村落を形成していた鳥越・山谷・橋場の各村を含む広い地域を浅草と呼ぶようになったのは17~18世紀の頃だ。

3月18日   浅草寺(℡03-3842-0181
(台東区浅草2-3-1、地下鉄銀座線、東武伊勢崎線・浅草)
 

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