木遣り音頭碑祭

戦国時代、築城が盛んになり重い築材や石垣などの巨岩を曳く際に指揮官が人夫の士気を鼓舞するため唄を唄い、曳き子がたちがあとを受けて唱和するようになり、それが各地に普及した。江戸時代、町火消しという日本初期の自治的消防機関が生まれたがこれは鳶火消しと言われ鳶による消防の起源となった。木遣りはこの鳶の間で広く歌われるようになり、江戸木遣りとして定着し明治以降は江戸消防組に受け継がれ現在では江戸消防記念会の人々によって伝承されている。1月6日の消防出初式のほか祝い事や行事に広く唄われているが、三囲稲荷神社にはこの木遣りの記念碑が建っていて毎年この前で木遣りが奉納されている。

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木遣り奉納  現在伝えられている木遣りは昭和28年に江戸消防記念会が集大成した木遣定本によって911種が納められている.木遣りは鳶職の間で歌われたものだが鳶は危険な職業だけに信仰心が厚く各寺社に塚を建てて定期的に木遣りを奉納した。

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木遣り音頭碑  近くでは祐天寺にも木遣り音頭碑が建っている。
 
 
向島という地名  江戸・浅草あたりから見て隅田川の向こうに広がる島(厳密には島=中洲というより低湿地の中に自然堤防上の集落が連なる地帯)であったためだ。このあたりには昔の地名、牛島や寺島など島の地名が見られる。
 
6月6日   三囲神社(03-3622-2672
(墨田区向島2-5-17、都営浅草線・本所吾妻橋)

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