清戸の獅子舞

悪疫と災難除け、五穀豊穣を祈願する三匹の獅子舞が日枝神社の祭礼に奉納される。元禄年間に領主北条照氏が、武運長久を祈願し守護神としてはじめたものと言われている。日枝神社は上清戸、中清戸、下清戸、元町の鎮守だ。鳥居入口の前の椿の木に藁の大蛇がかかっているがこれは昔、大蛇の棲む杉の大木があり、獅子舞が始まると姿を現したが時が経ち杉が枯れると大蛇も消えたので、村人達が藁の大蛇を枯木にからませ厄除けを願うようになったという伝えによるもの。獅子舞行列は獅子宿を出てリーダー格の山の神の露払い進み、神社の舞庭に繰り込んで境内での獅子舞となる。昭和44年に中清戸獅子舞保存会が結成された。

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獅子舞  大獅子、中獅子、雌獅子に山の神が加わり神前で舞う。獅子頭の細工が見事。「ささらすり」はなく代りに二本の花棒が隅に立てられる。元禄年間に領主北條輝氏が武運長久を祈願したのが始まりで、北條氏が滅亡して落城の時清戸下宿に流れ着き土地の人が習い覚えたという。昭和44年に中清戸獅子舞保存会が結成された。
 
獅子舞の行列  獅子宿を出た獅子舞行列は寄席太鼓で山の神が舞い、鳥居をくぐってから山の神が舞いながら神社境内の舞い庭に進み獅子舞となる。山の神はリーダー格で最も権威がある。

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厄除けの藁の大蛇  「清瀬の塞ぎ」として古くから行われてきた行事で藁で編んだ大蛇を境内の木にからませて疫病除けを祈願する。
 
 

清瀬市の地名  明治22年(1889年)町村制施行により、6つの集落(村)が集まり、神奈川県北多摩郡清瀬村として誕生したが、その時合併した集落(村)の中で、旧上清戸村・中清戸村・下清戸村に見られる清戸の「清」と柳瀬川の「瀬」を合わせたものだといわれている。

7月15日近くの日曜日   日枝神社℡0424-93-5211
(清瀬市中清戸2-616、西武池袋線・清瀬)
 
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