駒込天祖神社例大祭

本祭は4年に1度(2008)、16日に大祭式典が行われ、16日に近い土曜日には町内神輿が各町会を渡御し、日曜日午前6時半から発與祭、午前7時からの神幸祭で神社神輿が宮出しされて、駒込の氏子町会を盛大に巡幸する。神社宮入は午後6時、着與祭は6時半だ。陰の年は、町会神輿5基の連合渡御で盛り上がる。町会内を渡御した各神輿が昼過ぎに駒込通りに集結し、夕刻、当番町会を先頭に参道を連合で順々に宮入してお祓いする。

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駒込天祖神社の神幸祭  宮出しが7時という早朝の上に生憎の天気で、鬱蒼とした緑で薄暗い境内と参道に大勢の担ぎ手が詰めかけている以外は散歩姿の人たちも含め氏子参詣客の姿は少ない。住宅街の真ん中に鎮座している神社前の通りの両側にずらりと並べ掲げられている祭り提灯が僅かに祭りの雰囲気を醸している。拝殿前には高張提灯がずらりと並び、4年ぶりに出御する神社神輿と記念写真を撮る大勢の関係者が詰めかけていて、神社の全景写真が撮れない。午前6時半、木遣りが高らかに歌われて発興祭が始まり、午前7時、神幸祭の出発だ。最初に姿を現したのは神社と各町会の沢山の高張提灯、そして歴史ある神社にふさわしく猿田彦をはじめ古式に従った行列が続き、最後に胴の太いきらびやかな大きな神社神輿が鳥居をくぐり、氏子町内の巡幸を始める。

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神社と町会の高張提灯が先頭
猿田彦をはじめ古式豊かな行列が続く
最後に胴の太いきらびやかな大きな神社神輿が鳥居をくぐる
 
神社神輿  台座3尺8寸(116)、大正11年、本所・大倉竹次郎による製作で延軒屋根、平屋台造り、吹き返しの細工が見事な神輿だ。平成12年に、44年ぶりに修繕されて出御した。大変綺麗で大きな神輿。
 
駒込の地名  風土記には,根津神社にまつわる話としてヤマトタケルが東征の折、団子坂の北方の林に軍馬が集まっているのを見て「駒込み(混み)たり」といったのが地名の起源となった。類似の地名に大田区の「馬込」・新宿区の「牛込」がある。異説では高麗人が住んだ「高麗(こま)」説もある。
 
駒込天祖神社  祭神は天照皇大神 、文治5年(1189)源頼朝が奥州藤原泰衡追討の途中、この地に立寄り、夢のお告げで松の枝に大麻(伊勢神宮のお札)がかかっているのを見つけた。頼朝は征討の良い前触れと喜び、この地に神明宮を建立したのが神社の起源といわれる。江戸時代までは神明神社と呼ばれていたが明治になってから天祖神社と改名。その後衰微して祠があるのみだったが慶安年中(1647-1651)に堀利直が再興。現在の社殿は昭和29年造営。
 
早朝の神社前住宅街  参道、境内の賑やかさとは対照的に静かな早朝の住宅街。道の両側の祭り提灯だけが僅かに祭りの雰囲気を演出している。
 
9月16日   天祖神社(℡03-3821-3470
         文京区本駒込340-1(JR山手線・駒込、南北線・本駒込)

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