こんにゃく稲荷

2月の初午に稲荷神社の祭礼を行うのは、京都伏見稲荷の祭神が和銅4年(711)2月11日に降臨した日が初午だったので、以来初午の日が稲荷の縁日になったという。この日は稲荷神社に参詣人が集まり、油揚げや赤飯を供える。稲荷といえば狐を連想するが、墨田区八広の三輪里稲荷神社では初午の日に油揚げでなく「こんにゃくの護符」という珍しいお守りを授与する。これは短冊状に切ったこんにゃくを青竹に刺したもので、これを乾燥させて煎じて飲むと咽喉の病気に効果があるという。300年位前、疫病が流行った時、この神社が授けたこんにゃくで病が治癒したことから、今日まで続いている行事で、土地の人はこの神社を「こんにゃく稲荷」と呼んでいる。付近は戦災にも遭わず江戸の情緒を偲ばせる下町で、祭りに食べ物屋の露店も出ず、こんにゃく稲荷の青の半纏を着た地元の人たちだけの奉仕でひっそりと行われている祭りだ。

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こんにゃく稲荷(三輪里稲荷神社)  慶長19年出羽国湯殿山の大日坊長が大畑村(現在の東隅田、八広)の総鎮守として羽黒大神を勧請し三輪里稲荷として鎮座した。通称こんにゃく稲荷と呼ばれ人々の信仰を集めている。
 
こんにゃくを授ける  初午の日に授与する「こんにゃくの護符」は竹串に刺したこんにゃくが15本入っており値段は1000円、これを煎じて飲めば、咽喉や風邪に効くとされる。巫女も神主も居らず地元の信者達の奉仕ですべての行事が運ばれている。
 

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江戸の稲荷信仰  江戸時代、稲荷神は田の神であり農業の守護神として崇められ、さらに家業の守護神としても信じられていたから農家だけでなく商家や武家に至るまで、屋敷神として敷地内に祀っていたのでその数は計り知れない。初午には屋敷神に「正一位稲荷大明神」の幟を立て、御神酒や油揚げ、赤飯、絵馬などを供えた。
 
 
 
八広の地名  昭和40年に住居表示により8つの丁目が合併したので「八」、そして末広がりを意味するために縁起をかつぎ「広」の字を加えこの名になった。
 
墨田区の地名  昭和22年に、本所区と向島区とを合併してできた。名前は隅田川からとったが、「隅」という字が当用漢字にないために、様々あった「すみだ」の当て字の中でも言葉の響きのよい「墨」の字を使った。 
 
初午の日   三輪里稲荷神社(℡03-3612-2297
             (墨田区八広3-6-13、京成線、東武伊勢崎線、曳舟)

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