くらやみ祭

「神様を見ると目がつぶれる」と、かって神輿の渡御が町の灯りが、すべて消えた深夜に行われたことから名づけられた大国魂神社の例大祭だ。午後6時、花火を合図に、揃いの半纏を身にまとい、烏帽子をかぶった担ぎ手たちが、8基の神輿を担いで本殿前を出発、6張りの大太鼓に先導され、一晩を過ごす御旅所を目指す。神輿は3時間かけて約800㍍離れた御旅所にたどり着くが、勇壮に練り歩く神輿を一目見ようと、約30万人の見物客が境内や周辺の旧甲州街道に押し寄せる。この祭りの起源は古代の国府祭といわれるが、神事は4月30日の「品川海上禊祓式」に始まり、5日に出御祭、6日に還御祭と昔からのしきたりが守り続けられている。

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大国魂神社 祭神は大國魂大神(素盞鳴尊の子神)で12代景行天皇41(111)年5月5日を起源とする。後に本殿の両側に国内著名の神、六所[ろくしょ]を奉祀して、六所宮とも称せられるようになった。天正18年(1590)8月、徳川家康が江戸へ入城してからは、 武蔵国の総社であるために社領5百石を寄進された。もともと大國魂神社と称したが、中古以降、武蔵の総社となり、 又国内著名の神六所を配祀したので、「武蔵総社六所宮」の社号を用いたが 明治4年に、もとの社号に復した。

 
まんどう大会  くらやみ祭りの呼び物はなんと言っても5日夕刻の8基の神輿渡御だが4日に行われる「まんどう大会」も大勢の観客を集める。2007年で29回大会となるこの日、12時半、神楽殿前に集まる花万灯は15基、いずれも各町会の青年達が約2ヶ月の間丹精こめた手作りのものだ。丈は約3.5m、重さ40~50キロの花万灯を力自慢の青年達が審査員11名の前で次々に技を競う。演技時間は1分30秒、何せ重たいものなので1人10秒くらいで交替し、各町会ごとにまんどうを囲むような形で「サアーサアーサアーヨイサ」と手を叩きながら応援する。中には女性の振り手も交じり大勢の観客から盛んな拍手を貰う。演技終了後、ケヤキ並木に集合して表彰式があり、花火を合図に15基が一斉に振り上げられる。同じ頃お祓いを受けた各町会の子供神輿もケヤキ並木に集まるが、午後5時からは旧甲州街道の鳥居前で明日のお先払い大大鼓8基が勢揃いし、また山車20基も集まって府中囃子を賑やかに競演する。
 

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「おいで」の日(渡御祭)  5日は8基の神輿が神社を出て「御旅所」まで練る「おいでの日」だ。午後4時になると参道両側に出ていた露店が撤去し始め、危険防止のためのロープが張られる。そして6時の出御を目の前で見ようと早くも観客が並び出す。5時を過ぎると白装束をまとい神輿番の入った烏帽子を被った担ぎ手たちが輪を作り手を叩き飛び跳ねながら境内に入ってゆく。拝殿前では各神輿の御霊移しが行われ、午後6時、大会委員長の挨拶があり、号砲花火が打ち上げられると、いよいよ宮出しだ。お先祓いの大太鼓を先頭に6基の大大鼓を打ち鳴らしながら参道を進む。大太鼓が台車で移動可能となって行列に参加するようになり、行列の大きな存在となった。神輿が出御する頃はあたりは次第に暗くなり白装束に担がれた8基の神輿が見物人が待ち構える参道に次々に登場し祭りの気分は最高潮に達する。一之宮神輿が先頭で最後が御本社神輿だ。それぞれの神輿は高張提灯、御幣に先導され、別名「ちょうちん祭り」の名にふさわしい沢山の提灯に囲まれ、大勢の氏子を引き連れながら約300メートル先の御旅所に向かうが到着までにかなりの時間がかかるようだ。このため神社前から御旅所前の旧甲州街道は見物人で埋まり、駅への帰途も楽では無い。
 
「おかえり」の日(還御祭)  6日は御旅所に泊まった神輿が神社に戻る「おかえりの日」だ。午前4時に御旅所を出た神輿は氏子の町を回り神社に帰ってくるのは午前7時半になる。
 
一之宮 (祭神・多摩市一之宮小野神社)
二之宮(祭神・あきる野市 二宮神社 )
三之宮(祭神・さいたま市 氷川大社)
四之宮(祭神秩父市秩父神社)
五之宮(祭神・埼玉県児玉郡神川村金鑽神社)
六之宮(祭神・横浜市杉山神社
御本社(祭神 大国魂神社)御霊宮神輿はこの後に続き引き返し別門から御旅所へ
 
悠仁親王ご誕生を祝う幟を付け神輿を先導する大大鼓
 
5月3日~6日   大国魂神社(℡042-362-2130
(府中市宮町3-1-1,京王線・府中、JR武蔵野線府中本町)

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