俎開き

報恩寺の開基、性信上人が下総の国で教化に努めていた頃、熱心に法座を聞きに来ていた老翁に性海の名を与え弟子にした。老翁は喜び飯沼の方角に消えたが、その後、飯沼の天神社の神主の夢枕に天神様が現れ、「我が師の洪恩を謝するため池の鯉二匹を毎年必ず届けるように」とのお告げを残した。天福元年(1233)のことと言われている。爾来760年余り、報恩寺に送り届けられている鯉を、開基上人の陰前で、四條流包丁儀式の師範が本堂中央に据えられた大俎の上で、「長命の鯉」或は「鞍掛の鯉」などの切り型で披露するのが報恩寺「俎開き」の伝統行事となっている。

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鞍掛之鯉の切り型  包丁儀式の切り型は平安時代、四条中納言藤原朝臣下山蔭卿が始まりと言われ、毎年2人の師範によって2種類の切り型が披露される。
 
「長命之鯉」の切り型で包丁をさばく  土佐折烏帽子に大紋の装束で包丁と真魚箸(まなばし)だけで鯉をさばく。四条流には今も40種以上の鯉の切り型が伝えられている。

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開基上人の陰前へすえられる鯉2匹
内陣の扉を閉め性信上人の画像の前で。
 
 
 
1月12日   坂東報恩寺(℡03-3844-2538
(台東区東上野6-13-13、地下鉄銀座線稲荷町)

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