南沢の獅子舞

かつては豊年満作の年に限って氷川神社の秋祭りに奉納されていたので、獅子を作神と呼び、豊年獅子とも呼んでいた。獅子舞の資格は在住の長男のみに限られ幾つかの禁止条項があり固く守られていた。明治維新までは多聞寺は氷川神社の別当寺だったので、獅子舞行事は10月14日は多聞寺で10月15日は氷川神社で行われる。太刀使いの棒術と太刀の演技で始まり「暫く暫く」で登場する世流布(せりふ)、陽物を背負ったひょっとこと孕み女のおかめの神楽、山の神の踊り、そして獅子舞が舞われ最後に太夫、才蔵の万歳の掛け合いがある。住民らで作る「南沢獅子舞連」が伝承に努め昭和40年以降4年に1度奉納されている。

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雌獅子と山の神
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獅子舞  2005年夜、多聞寺。藁で巻かれた竹を楕円形に曲げ、10本あまりの杭で支えられた舞庭で踊る。獅子頭は黒塗りの龍頭で赤と黒のねじれ角、日月の花笠を立て、笛と歌で華やかに舞う。
 
神楽 陽物を背負った「ひょっとこ」と孕み女の
「おかめ」が面白おかしく踊る神楽。
 
世流布(せりふ) 太刀使いの棒術が終ると「暫く暫く」と言いながら

歌舞伎のような口上をのべる「世流布」が登場。東京の三匹の獅子舞でこのような世流布が出てくる例は珍しく大きな特徴だ。
 

東久留米の地名  明治22年に8つの村と2つの新田に田無の飛地が集まって「久留米」村が登場し、昭和45年に市になる時に自治省から福岡県久留米市との混同を避けるよう要望され、また町民からも「東久留米」を希望する声があったことにより決まった。久留米の由来は東久留米を代表する黒目川と考えられている。 

 

太刀使いの棒術  太刀使いには棒術と太刀の演技がある 

 
10月14日・15日   氷川神社・多聞寺(0424-71-1234多聞寺)
東久留米市南沢3-5-8(西武池袋線・東久留米)

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