三崎稲荷神社例大祭

稲荷神は農業のみならず家業の守護神として、広く江戸市民の信仰を集め、その祭礼は2月初午だったが、東京区部では現在、5月に祭礼が行われることが多い。JR水道橋駅の直ぐ近くにある三崎稲荷の氏子町は神社から地下鉄神保町駅までの9町会で本祭は隔年に行われる。(2006年本祭)大祭初日には町神輿9基が神社前通りを連合渡御して順に宮入後、二手に分かれそれぞれの町内まで練る。二日目、早朝はご本社神輿の宮出しだ。順番に町会渡しを行いながら宮神輿が各町会を渡御する。 「神田祭」や「山王祭」などの大きな祭とは趣きを変え、さわやかな新緑の神保町地区を祭り一色にする。

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宮出し  3尺8寸の台輪、平屋台延べ屋根、 神田・宮惣が昭和4年に作り上げた宮神輿で平成8年に69年ぶりに改修された格調あるものだ。藍色地、背中に丸い稲穂の神社の紋を赤で染め抜かれた三崎稲荷神社の半纏を纏った氏子青年たちだけしか担げない。午前8時の宮出しに宮神輿は勢い良く鳥居をくぐり稲荷通りは早朝から熱気に包まれる。
町内渡し  宮出しが終ると間もなく三崎町に町内渡しとなる。白地に赤字で三崎町或は神輿と大書されたはっぴが鮮やかだ。後、次々に各町内に引き継がれ屋根に丸い稲穂の紋が三つ付いている古風で由緒正しい神輿が全氏子町内を渡御する。
三崎稲荷神社   創建は詳かでないが建久以前、仁安の頃と伝えられ800年の歴史を持つという。当時の神田山(現、駿河台)の山麓(現、本郷一丁目)武蔵国豊島郡三崎村に鎮守の社として祀られ、明治38年現在地に遷座された。三代将軍家光が参勤交代の制度を定めたとき,将軍自ら三崎稲荷神社に参拝し,諸大名にも参拝を促したという。それがきっかけで諸大名は参勤交代による江戸入りの時は必ずこの稲荷神社に参拝し,心身を祓い清めることが慣例となり,「清めの稲荷」とも呼ばれた時代もあったという。
 
町神輿の連合渡御と宮入り  大祭初日、町神輿9基が三崎稲荷通りを連合渡御して神社に向かう。各神輿には各町会の氏子が大勢従い神社通りを賑やかに練り歩く。順に宮入してお祓いを受け威勢の良い拍子木の音にあわせて手締めをしたのち、二手に分かれてそれぞれの町内に戻る。

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三崎町名の由来  三崎町という町名が誕生したのは明治5年(1872)、江戸に幕府が開かれる前、この地にあった三崎村が町名の由来だ。江戸が開発されるまで現在の大手町から日比谷や新橋周辺には日比谷入江と言われる遠浅の海が広がっていた。三崎村は日比谷入江に突き出した「ミサキ(岬)」だったためこの名が付いたといわれる。
 
木遣りを先頭に宮出し
 
5月9日近くの土・日曜日   三崎稲荷神社(03-3261-1849
(千代田区三崎町2912、JR、都営三田線・水道橋)

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