水稲荷神社祭礼

江戸中期、境内の大椋に霊水が湧き評判を呼んだことが神社名の由来という水稲荷神社の本祭は3年に1度(2008)で 9月9日)前後の土・日曜日に行われ、日曜日午前8時半に台座3尺6寸(110)大正11年 に行徳・浅子周慶によって作られた急勾配の大振り延軒屋根、勾欄造り、背高な神輿が出御し、戸塚囃子、九区三番の木遣り、総代、猿田彦、馬2頭とともに早稲田大学を1周する形で氏子11ヶ町を巡幸する。

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早稲田の森に映える3尺6寸の水稲荷大神輿
早稲田の氏子町会を練り歩く

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猿田彦
神輿を先導する木遣り
馬上の神官2人
早栄会神酒所で町内渡し、木を入れる
 
水稲荷神社  水と緑の神様。祭神・倉稲魂大神(うかのみたまのおおかみ)佐田彦大神(さだひこのおおかみ)大宮姫大神(おおみやひめのおおかみ9月9日    天慶四年(941年)俵藤太秀郷朝臣が旧社地の富塚の上に稲荷大神を勧請した。古くは「富塚稲荷」「将軍稲荷」といわれた。江戸中期境内の大椋に霊水が湧き評判を呼んだことが、神社名の由来の一つであるという。
 
水稲荷神社神幸行列  9月は東京の祭りの最盛期だ。3年に1度の本祭というのに、宮出し時間が4年に1度の馬橋稲荷と重なり、やむを得ず、水稲荷の神幸行列を巡幸途中で撮ることとした。地下鉄早稲田駅を上がり、早稲田通り穴八幡前で待ったのだが警官に聞くと、行列は既に早稲田大学正門前方面に進んでいると言うので、南門通りを急ぎ正門前で待った。行列は赤に白抜きの神社旗を先頭に神社役員、榊を捧持する神官、太鼓、神社幟、猿田彦、木遣りに続き神輿、2人の馬上神官となるのだが、神輿は台座3尺6寸という大きなもので早稲田の森の緑に浮き出て美しい。神輿は早栄会神酒所で町内渡しが行われた後再び出発し町内渡しを繰り返しながら都電終点の神明町通りを経て夕方神社に戻る。
 
高田富士  江戸時代中期以降、江戸では富士信仰がさかんとなり、各地で「富士塚」という模造富士がつくられ。なかでも高田富士は江戸で一番古く、安永8年(1779)に、高田村の植木職・高田藤四郎が手がけた。高田富士塚は、早稲田大学が昭和38~39年に当時の水稲荷神社の社地を購入したため崩され、区立甘泉公園のわきに移転した現在の水稲荷神社境内で復元された。
 
早稲田の地名  江戸初期にはすでにこの名があり、江戸時代に一帯が生育の早い品種を植えた田んぼが多かったことからその地名がついた。一帯の田園は「早稲田田圃」と呼ばれていた。
 
9月9日前後の日曜日   水稲荷神社(℡ 03-3200-4621
              新宿区西早稲田3-5-43(JR山手線・東西線・西武新宿線・高田馬場駅から早大正門行きバス「西早稲田」)

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