涅槃会

涅槃会(ねはんえ)は、涅槃講や涅槃忌とも言い、陰暦2月15日、釈迦の入滅の日に、釈迦の遺徳を偲んで行われる法要だ。法要中は釈迦が沙羅双樹の下で涅槃に入った際の、頭を北にして西を向き右脇を下にした姿で臥し、周囲に十大弟子を始め諸菩薩、獣畜、虫類などが嘆き悲しむさまを描いた仏涅槃図(涅槃図)を掲げ、「仏遺教経」を読誦する。宋拍寺では午後1時半から百日間の荒行を遂げた行僧が水行を行った後、午後2時から本堂で涅槃会法要が行われる。

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団扇太鼓の斉奏  午後1時25分、境内に集まった信徒達が手に持った団扇太鼓を一斉に打ち始める
 
荒行僧の入場  一斉に鳴響く太鼓の音に誘われるように荒行僧達が手を合わせ念仏を唱えながら入場する
 
水行肝文を唱える  僧たちは大樽の前で着衣を脱ぎ、下帯姿になって水行肝文を唱える
 
水を浴びる  生憎の雨で寒さが厳しい中、荒行僧たちは水行肝文を唱えながら水を浴び続ける。周りの信徒たちは、その姿に手を合わせている。
 
涅槃会法要  紫の法衣に朱の袈裟をかけ金色の頭巾を被った僧正が4人の荒行僧とともに涅槃会の法要を営む。
 
一樹山宋柏寺  寛永8年(1631)、興正院日意により現在地に開創された。寺号はこの地に草庵を結んだ日意の父「宋柏」に、山号は母「一樹院日順」に因んだものだ。宋柏寺に安置されている釈迦尊像は織田信長の比叡山延暦寺焼き討ちに際し密かに難を逃れたものだ。8代将軍吉宗の時代に一橋家の祈願所となり、江戸文化が華やかだった文化文政の頃には釈迦尊像の霊験あらたかなことが広まり「お百度」を踏む善男善女が後を絶たなかったという。この信仰は平成になっても変らず、今でも此処では一心に願を掛けお百度を踏む姿が見られる。
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涅槃図  「涅槃」とは、サンスクリット語で″ニルヴァーナ″といい「吹き消すこと」を意味する。煩悩の炎を吹き消し、さとりを開いた状態のことで、一般には、釈尊の入滅をさす言葉としても使われている。釈尊はクシナガラにある沙羅双樹のもとで80歳の生涯を終えた。この日、各寺院では「涅槃図」を掲げ、「遺教経(ゆいきょうぎょう)」(釈尊の最後の説法を記した経)などを読誦する。涅槃図には、釈尊が右脇を下にして横臥し、周囲には仏弟子をはじめ鬼神、動物など森羅万象ことごとくが嘆き悲しむようすが描かれている。有名なのは、京都・東福寺の明兆(みんちょう)の筆になるもので3月14日から3日間だけ、一般参詣者にも拝観を許されている。この涅槃図のおもしろいところは、嘆き悲しむ動物たちのなかに、ふつうは決して登場しない猫が描き込まれていることだ。
 
涅槃会見学記  予報が雨なので問い合わせた所、水行は雨でも行うというので出かけたが外の寒さは格別で、こんな寒さで本当に水行が行われるのだろうかと疑ってしまう。東京メトロ東西線2番出口から地上に出て右に下り、牛込天神町交差点から弁天町に向かうと間もなく左側に「宋柏寺」の山門が現れる。山門をくぐると冷たそうな水を湛えた大樽4つが境内の真ん中に据えられている。午後1時25分、本堂から手に手に団扇太鼓を持った婦人達が集まり若い僧侶とともに一斉に太鼓を打ち始める。その音に誘い出されるかのように白衣の4人の荒行僧が手を合わせ念仏を唱えながら入場し樽の前に立つ。昨年11月から百日間の荒行を遂げた人たちだ。白衣を脱ぎ下帯姿になった僧たちは低音が響く水行肝文を唱え、樽の水を浴び始める。生憎の天候で厳しい寒さの中で行う水行に周りの婦人達は手を合わせている。15回は水を浴びたと思うが、やがて、水行が終わり後に控えていた婦人たちから白衣を受け取って着衣、信徒たちが打ち鳴らす太鼓の中を退場する。水行が終わると、太鼓を打っていた信徒たちは本堂に入って行く。午後2時から釈尊涅槃会法要が始まるのだ。やがて先ほどの4人の荒行僧とともに、宋柏寺の住職が入場し特別祈祷がおこなれる。本堂を埋めた信徒たちは手を合わせ一心に念仏を唱える。今日は涅槃図を掲げると聞いていたので念仏を聞きながら堂内を見渡したが結局、涅槃図を見出すことは出来なかった。
 
 
2月15日   宋拍寺(℡03-3268-6887
              新宿区榎町57(東京メトロ東西線・神楽坂)

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