根津神社祭礼

六代将軍家宣は幕制で根津神社の祭礼を定め、正徳4年、江戸全町より山車を出し、俗に天下祭と呼ばれる壮大な祭礼を執行した。神社大神輿3基は、この時家宣が奉納したもので同じ格式による山王祭、神田祭とあわせ江戸の3大祭と言われていた。 根津神社が現在地へ遷座して300年になる2006年は、これを記念して今なお現存する家宣寄贈の神輿3基と江戸型古式山車の供奉行列が氏子中を巡行して華麗な天下祭を再現した。

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一之宮神輿
二乃宮神輿 
三乃宮神輿
 
根津神社の大神輿  根津神社の六代将軍家宣公献納の神輿は3基あり、総漆塗り極彩色、特に台輪1.6m角の大きさは神輿としては最大、大変壮麗なもので、文京区指定文化財となっている。通常2年に1度、本祭りの年にその内1基が渡御する。したがって3基全てを見るためには、6年かかることになるが300年大祭には、特別にこの3基全てと古式山車が揃い、「天下祭」と呼ばれた当時の様子を再現した。
 
古式山車に乗った猿田彦 (天孫降臨のとき道案内した神)
 
神幸祭行列 社殿前に大神輿3基を据えて行った神幸祭祭礼が終わり、午前9時、いよいよ出発だ。氏子総代が先頭に立ち、木遣り、馬上の神官、榊、鉾を抱えた猿田彦が乗った江戸製古式山車と続き、神社旗の後に3基の大神輿が渡御する。3基の神輿はそれぞれ担いでいるように見えるが見るからに重そうでとても長時間担いで氏子町を巡行出来ず台車に乗せている。この後に馬車に乗った神官、人力車に乗った巫女と総代が供奉する。交通の激しい氏子町を行くため、青信号の合間を見て途切れ途切れの行列になるが凡そ200メーターに及ぶといい、宝永の天下祭を再現したような華やかで豪華な神幸行列となった。
 
人力車に乗っているのは奉納舞を舞う巫女
 
宝永祭(天下祭)  正徳4年に行われた祭礼は、規模は幕制を以て定められ寺社・町・勘定三奉行がこれに当たり、江戸全町より山車楽車を出して神輿に供奉、行列は江戸城内に錬り入る賑わいで、吹上で将軍の拝礼があった。宝永祭と呼ばれるのは、宝永3年(1706)根津神社の社殿が完成した時に行われる筈であった為だ。綱吉の生母桂昌院の喪などで延期され、結局正徳4年に漸く実現した。将軍の命により行なわれる祭を特に天下祭また御用祭とも称し、この宝永祭までは山王祭と神田祭とが隔年に交代で行なわれたが、この年根津を加えて3社で交代する制に改められた。
 
根津神社  今から1900年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間に太田道灌が社殿を奉建している。 江戸時代五代将軍徳川綱吉は兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神根津神社にその屋敷地を献納、世に天下普請と言われる大造営を行なった。現在の権現造りの社殿・唐門・楼門・透塀等がこれで、昭和6年国宝(現重文)に指定されている。祭神は須佐之男命・大山咋命・誉田別命・大国主命・菅原道真
 
 
 
9月21日近くの土・日曜日   根津神社(℡03-3822-0753) 
(文京区根津1-28-9、千代田線・根津駅、千駄木駅、南北線・東大前駅、三田線・白山駅)

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