新田神社大祭

初詣には欠かせない破魔矢発祥の神社と言われる新田神社は2008年で650年祭を迎えた。10月4日(土)に木遣、まとい振り、稚児行列、薪能など、10月5日(日)には70年ぶりに神幸祭の大行列が行われ、台座3尺、昭和35年頃、浅草宮本重義によって作られた神社神輿が8時半に宮出しされ14時に宮入りする。この日はこの他、宝物殿特別公開、子供獅子舞・日本舞踊、和太鼓の演奏会など様々な行事が催される。鎮座650年祭式は10月10日(金)に催行され、当日は、宝物殿特別公開、立身流古武道演武大会が奉納される。

スポンサーリンク

新田神社  祭神・新田義興公(にったよしおきこう)は新田義貞の第2子で、足利尊氏が謀反を起こしてより、父亡き後、新田一族を率いて武蔵野合戦等を始め各地に奮戦し、吉野朝(南朝)の恢復に尽力した。そして、終始一貫その忠義を尽くしたが、正平13年(1358年)10月10日、謀略により、多摩川の「矢口の渡」で壮烈なる最後を遂げた。その後、義興の怨霊が現れたり、夜々「光り物」が矢口付近に現れて往来の人々をも悩ますようになり、そこで義興の御霊を鎮める為に、義興の墳墓の前に社殿が建てられ『新田大明神』として広く崇められた。
 
 
 

スポンサーリンク

新田神社神幸祭出発風景  武蔵新田は初めて降りた駅で町もさほど大きくは無いが、駅から神社までの道の両側には祭り旗と提灯が飾られていて、新田神社の650年祭は町をあげてのイベントとして迎えられているようだ。神社前の道は大勢の担ぎ手で溢れ、境内は拝殿前に据えられた神輿、太鼓を中心に裃、袴に正装した大勢の役員たちや担ぎ手が取り巻き、神社全景の写真が撮れない。午前8時15分、神幸行列の各役割が並び始め、8時半、木遣りの斉唱とともに行列が動き始める。やや間を置いた8時45分、担ぎ手達が神輿の廻りに全員集まって、拍子木とともに手を締め神輿が上げられる。狭い神社前道路を手を叩き元気な掛け声とともに練って行く。神輿の後には大勢の交代要員がぞろぞろつき従い神輿の前には出られない。駅前商店街で一休みして再び巡幸開始となるが、650年祭とは言えその盛大さは驚くばかりだ。
 
木遣りの斉唱とともに神幸行列は出発する
手締めで担ぎ上げられ神社神輿は宮出しされる。嬉しそうな顔・顔・顔
駅前商店街を行く神輿。威勢の良い掛け声、手を振ってみんな元気一杯
 
破魔矢発祥の神社  この神社から始まったらしい………
江戸時代の『武江年表』(斉藤月岑)に宝暦(1751~1764)末頃、「新田神社社地で矢を売り始めた」との記述あり。最初は2本のセットで、門前の茶店で売られたらしい。破魔矢の考案は平賀源内で「矢守」と言っている。この円墳にしか生えていない竹があり、平賀源内がこの竹で『矢守』を作り正月の名物となったという。参拝者は、五色の紙で作った小さな矢2本を買い、神殿に供えたのち持ち帰り、魔よけにした。これは、新田家伝来の「水破兵破」の二筋の矢に由来している。長さ43センチ。
 
樹齢700年という神木・大欅  落雷や戦災で幹が大きく裂けているが毎年新緑の季節に青々とした葉を繁らせる。上部には珍しい宿り木が寄生して早春、淡黄色の小花が咲く。このためこのご神木に触れると「健康長寿」「病気平癒」「若返り」の霊験があると古老が伝えている。
 
650年祭とあって裃袴の正装に威儀を正して神幸行列の出発を待つ大勢の神社役員たち
 
10月10日   新田神社(℡03-3758-1397
              大田区矢口12123(東急多摩川線・武蔵新田)

スポンサーリンク

\ おともだちにシェアお願いします /

こちらの記事もどうぞ