お十夜

十日十夜の念仏法要のことを略して十夜或いはお十夜というのだが、昭和10年頃までは玉泉寺は「お十夜の寺」と呼ばれ「鉦はり念仏」の十夜法要を主要な年中行事とし秋川流域年間最大の縁日として盛大に賑わっていた。双盤鉦の供出、後継者の途絶などで戦後一時途絶えたが、昭和51年に保存会結成により復活、現在は10月13日だけを十夜法要の日として熱心な檀家が集まり念仏双盤が行われている。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

玉泉寺 開山開基は戦国時代といわれ寛永18年(1641)上野寛永寺ゆかりの僧により中興された記録がある古刹。天台宗としては珍しく、十夜法要を主な年中行事として伝え、戦前、子供達がジャンガンといって「しょうが祭」にまして、楽しい祭りだった。
 
お十夜  足利幕府の執権、平貞経の弟貞国が京都真如堂に参篭し三日三夜の念仏修行を始め、三日結願の明け方仏門に入ろうと決心したが、夢に菩薩が現れ吉兆を告げて消えた。翌日ある事件で兄が職を退き、家督を継ぎ執権職となった。貞国はこれに感じ更に七日七夜の念仏法要を行い、あわせて十日十夜の修行を勤めたのが十夜法要発生といわれている。
 
二宮の地名  古来より神社には人々が集まり、門前町が形成されてきた。それに伴い、おのずと「宮町」などといった地名がついた。「吾妻鏡」(1181年)の頃には多摩市一宮に始まる武蔵六所の宮が始まり、その二宮として現在の二宮神社が小河大明神としておかれた。(武蔵の総社は大国魂神社/府中、)あきる の地名所以は「阿伎留神社」の項参照。
 
10月13日   玉泉寺(0425-58-2918
(あきる野市二宮2265、五日市線・東秋留)
 

スポンサーリンク

\ おともだちにシェアお願いします /

こちらの記事もどうぞ