大嶽神社祭礼

この地方第一の高岳に位置する大嶽神社の祭礼日は4月8日だが、麓にある里宮(遥拝所)では第2土曜日に大沢、白倉、中里の各部落合同で毎年祭礼を行い、台座2尺6寸、平成元年に栃木県、小川政次の製作による延軒屋根、平屋台造りの神輿が出御する。小沢の式三番、藤倉の獅子舞、数馬の大神楽など多くの無形文化財を擁する桧原村だが神輿が出る祭りは神戸春日神社と大嶽神社だけだ。春爛漫、様々な花が咲き競う里宮を神主を先頭に神輿行列が出発し、3地域を巡幸して再び里宮に戻って来るのは夜になる。2008年からは今まで中断していた子供神輿も殆ど新品のように改装されて地域内の子供達によって勇ましく練り歩いた。

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緑の山をバックに様々な花が咲き競う里宮を出御する
急坂を降り切り広い平坦なバス通りに出て張りきる白丁たち
 
笛、太鼓、鉾、榊、花万灯と続く
 
新品のように改装された子供神輿
 
揃いの祭り半纏を着て楽しそうな子供達。

明るく人懐こく見知らぬ訪問者にも挨拶を
呉れ嬉しがらせる。
 
大嶽神社  祭神 大国主命、少彦名命、日本武尊、広国押武金日天皇(ひろくにおしたけかなひのすめらみこと) 源家康朝臣
この地方第一の高岳に位置し、天平19年(747)蔵王権現として創建されたという古社。大嶽山上に本殿があり、麓に里宮・遥拝所がある。江戸時代には将軍家より朱印地15石を賜っていた。神主は吉野氏が務め、中務などの受領名を名乗った。慶長年間(1569~1615)と嘉永3年(1850)に吉野家は火災に遭い古記録を焼失してしまった。明治3年、現在の社名に改められ明治末期に付近の神社を多数合祀しているので、祭神は標記以外に11柱が祀られている。

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大嶽神社神輿宮出し  武蔵五日市の駅から30分、バスに乗り白倉下車。バス停から急坂を約20分、里宮(遥拝所)までの登りは辛く膝はガクガク汗が噴出して思わぬ登山の真似事となった。10時半、全員手水場で身を清めて大祭儀式に参加、後、社務所で「なおらい」を済ませ、いよいよ宮出しだ。12時過ぎ、笛と太鼓が鳴り響き先ず神主が先頭に立ち、笛、太鼓、鉾、榊、花万灯、子供神輿と続き、その後に白丁に身を固めた氏子に担がれた神社神輿が出御する。この神輿、浅草で買うより200万も安く、改装に100万もかかったと古老が話してくれた。山の緑を背景に桜、スオウ、紫ツツジ、水仙など様々な花に囲まれての神輿渡御は同じ東京でも桧原村以外では滅多に見る事が出来ない4月の祭りだろう。太鼓には引き紐が付いていて普通は太鼓の前で引っ張るところだが、此処では太鼓が坂道を転がり落ちないよう子供達が後ろから引っ張っている。急坂を下り切りバス通りに出たのが1時過ぎ、広く平坦な場所に辿り着いた嬉しさから神輿を担ぐ白丁達の張り切りようは驚くばかり。天王祭さながらの神輿を左右に揺さぶる荒っぽい神輿振りで 交通遮断された通りを暴れ回る。此処、白倉部落で1時間ほどの小休止を取り、神輿行列は大沢地区、中里地区と渡御し里宮に戻って来るのは午後8時頃になるという。昔、提灯を頼りに巡幸していた時代には宮入は翌日の明け方になったものだそうだ。
 
神戸岩  大嶽神社入口の石碑が建っている白倉のバス停からさらに奥へしばらく行くと、大きな岩がパカッと割れた、東京都指定天然記念物の『神戸岩(かのといわ)』がある。神戸とは大嶽神社の入口を意味するという。
 
応援に来た小沢はやし連
 
 
 
4月第2土曜日  大嶽神社(℡042-598-0485
        西多摩郡桧原村8189(JR武蔵五日市→バス白倉)

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