於玉稲荷神社祭礼

神社の儀式は雅楽の演奏の中で行うことが本義とされているが、現在一般の神社では、雅楽演奏がまったくなかったり、生演奏の代わりにテープやCDをかけて祭事を行うことも少なくない。於玉稲荷神社の例大祭では瑞穂雅楽会による雅楽が奏せられる中、厳かに神事が進み、宮司の祝詞奏上の後に舞楽「納曾利」が奉納される。初宮詣、七五三詣、結婚式、厄除け祈願祭など、神社での諸祈願祭はもちろん、地鎮祭など出張祭典でも雅楽を奏して神事を執り行っている数少ない神社だ。神社には台座4尺という宮神輿が神輿庫に納められているが、何年も出御はしておらず次回何時出るかも決まっていない。

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開扉 神殿の扉を開く
献餞  神前にお供えする
祝詞奏上
 
雅楽  雅楽は、古代より宮廷儀礼において演奏されてきた音楽で古くは、奈良時代の天平勝宝4年(752)東大寺大仏開眼会で演奏が行われたという記録があり、8世紀半ばには宮廷の儀礼音楽として定着していた。大きくは唐楽<とうがく>と高麗楽<こまがく>の二つに分れ、唐楽は楽器演奏のみの場合(管絃という)と、演奏に舞がともなう場合(舞楽)の2種類があって、蘭陵王<らんりょうおう>・萬歳楽<まんざいらく>等が著名だ。高麗楽は、すべて舞楽で異相な面を着けて舞う、延喜楽<えんぎらく>・納曾利<なそり>等。使用する楽器は唐楽の場合、管楽器では笙・篳篥<ひちりき>・竜笛、弦楽器では箏・琵琶、打楽器では羯鼓<かっこ>・太鼓・鉦鼓<しょうこ>を演奏する。宮中における雅楽の演奏・演舞は、「楽人<がくじん>」と呼ばれる専門職が担当してきた。この楽人は、いくつかの家が代々世襲してきたもので、現在も宮内庁式部職楽部の楽師として続いている。最近は、小野雅楽会、日本雅楽会、於玉稲荷神社雅楽会など民間の雅楽の演奏団体も増えてきている。
 
納曾利を舞う  「納曾利」は別名を「双龍舞(そうりゅうのまい)」ともいい、二匹の龍がたわむれ遊んでいる様を舞にしたものといわれている。 装束は紺・緑系で、毛べりの裲襠(りょうとう→うちかけ)をつけ鳥が描かれている。 緑青色の面には銀色の目、上下二対の牙、金色の髪、髭は逆立ててあり、吊りあごに。この面 を装着して、銀色の桴を右手にもって舞う。
 
於玉稲荷の雅楽「瑞穂雅楽会」   於玉稲荷神社を拠点に活動する雅楽会でニューヨーク・カーネギーホールをはじめ、国内外でアジアの総合芸術「雅楽」の普及活動を行っている。近年は韓国の国立芸術大学や、中国国立の芸術研究院など、アジアの研究教育機関と連携し、日本が伝承してきたアジアの宮廷舞踊を、再びアジアへ輸出する「アジア里探(RETURN)プロジェクト」を推進し、各方面から高い評価を得ている。特にテレビ会議システムを用いたIT利用の舞楽遠隔レッスンは、於玉稲荷神社から世界へ向けて行われており於玉稲荷神社は世界へ向けた日本文化発信の拠点となっている。
 

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於玉稲荷神社例祭  神社はJR新小岩駅から徒歩10分くらい、2階建てアパートが多く立ち並んでいる住宅街に鎮座している。神社の敷地が狭いためか、本殿は2階建てになっていて、拝殿は道路に面した鳥居から数歩の参道を18段上がった2階にある。1階は社務所と雅楽会の事務所になっているらしく、白衣に薄紺の袴をはいた若い女性達が忙しく働いている。その銘々が見ず知らずの私にキチンと挨拶をしてくれて感じが良い。午後4時、大大鼓が打ち鳴らされ式が始まる。神殿左前には巫女と雅楽のメンバーが、右には神官、その後にはお供え物が置かれている。雅楽が奏せられる中、神官が神殿の扉を開け、献餞、祝詞奏上と続く。そして神前で異様な面をつけた2人が「納曾利(なそり)」を舞う。フラッシュ撮影を禁じられたのでISOを上げて撮ったのだが、2匹の竜が楽しく遊んでいる様を表しているそうだ。楽人達は通常の神社では3管(笙、ひちりき・・・短い笛、竜笛・・・横笛)がせいぜいなのに、ここでは柱に隠れてよく見えなかったが、人数は6~7人だろうか、式の間中、荘重な雅楽を流し続け平安絵巻さながらの儀式が繰り広げられる。
 
於玉稲荷神社  祭神:倉稲魂命(伊勢の外宮とようけのかみと御同神)、古文書によれば神田お玉が池にあった当社は、太田道灌、足利義政、伊達政宗はじめ諸公の祈願をうけ「江戸神社仏閣百選」にも選ばれたが、安政2年の大震火災で焼失。将軍鷹狩の地「小松の里」の御分社に明治4年、御本社を遷した。
 
4月29日   於玉稲荷神社(℡03-3655-8110
              葛飾区新小岩4216(JR・新小岩)
 

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