六阿弥陀参り

江戸時代、春と秋の彼岸の行事として江戸庶民は行楽をかね六阿弥陀参りをした。娯楽の少ない江戸市民にとっては花見や紅葉狩り、七福神詣でなどとともに格好の行楽だった。そもそもは、年寄りたちが日ごろの嫁いびりを懺悔するという口実で寺詣でしたことから始まったという。六阿弥陀嫁の小言(噂)の捨て処)その昔、足立村の長者の娘(足立姫)が豊島村の由緒ある家へ嫁いだが姑の嫁いびりに耐え切れず、5人の侍女ともども川に身を投げてしまった。僧・行基はこれを哀れみ、6体の阿弥陀仏を彫ってこのあたり一帯の寺にまつり供養したことに由来すると伝えられている。以前は講の人たちが纏まって参詣する姿が多かったそうだが現在は個人を含め六阿弥陀参りとして参詣する姿は殆ど見られないようだ。

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第1番・西福寺(北区豊島2-14-1)  足立の長者は、6ヶ所に寺を建立し、6体の阿弥陀仏を1体ずつ安置しそれぞれの寺の名をつけた。第1の寺には、阿弥陀の悲願によって来世には福楽無辺 の西方浄土に生まれ出る御利益を願い、西福寺と名付けられた。℡03-3897-1897
 
第2番・恵明寺(足立区江北2-4-3)  阿弥陀は現世に家内安全・息災延命の御利益を授けるというところから、延命寺と名づけたが、明治9年の合併の際、恵明寺に移された。℡03-3890-0897
 
第3番・無量寺(北区西が原1-34-8)  福寿無量に諸願を成就 させるというところから、無量寺と名付けた。旧古河庭園の直ぐ近所。
℡03-3910-2840
 
第4番・与楽寺(北区田端1-25-1)   我ら一切の者に安楽を与えるというところから、与楽寺と名づけた。本尊の地蔵菩薩が僧侶となって盗賊を追い出したとする、賊除地蔵として有名。
03-3821-0976
 
第5番・常楽院(台東区から移転→調布市西つつじヶ丘4-9-1)  常に一家和楽の福徳を授けるというところから、常楽院と名づけた。常楽院は関東大震災)で消失、上野広小路から池之端に移り昭和8年、調布市に再建された。0424-84–0900
 
第6番・常光寺(江東区亀戸4-48-3)  未来は常に光明を放つ身を得させるというところから常光寺と名付けた。この六阿弥陀への彼岸詣では、江戸時代の庶民の信仰と行楽として盛んに行われた。℡03-3681-7023 

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足立姫哀話  約1200年あまり前、聖武天皇の御代、足立(今の足立区)に宮城の長者という人が居た。満ち足りた毎日を送っていたが 子供が一人もいなかった。ある時、子供が授かるようにと熊野(今の南紀)権現に詣で願をかけた。それから数年して長者の妻は身ごもり、玉のような女の子が産まれた。大喜びの長者は娘を「足立姫」と名付け、大事に育てた。姫が17歳になった時、隣の郡の豊島左衛門清光という領主が姫を一目見るなりすっかり心を奪われ結婚を申し込んだが姫が聞き入れず、このため、両者は反目の間になろうとした。 姫はこの事を悲しみ、両親に迷惑をかけるのは孝行の道に外れると、やむなく領主の元に嫁いだ。夫との中は睦まじかったが、姑が何かにつけて姫に辛く当たり一挙一動にも文句や嫌味を言い、姫はそんな 性悪の母と一つ家に暮らすのが何とも堪らず、心楽しまぬ日々を送っていた。ある日里帰りの許しが出て5人の侍女に守られ家を出たが、川のほとりに来た時いきなり入水してしまった。これを見た侍女たちも次々と水中に身を躍らせた。父、長者の嘆き悲しみは見るも哀れだったが、 やがて回国修行の旅に出て、熊野本宮に参り6女の冥福を祈った。ある夜、夢枕に、「私はそなたに仏像を造る為の良材を与える。その木は日夜常に光明を放つ故に光明木と言う。 近いうちに行基という行脚僧が、そなたの家に立ち寄る。 その時その僧に請うて6体の阿弥陀仏を刻んでもらうが良い」とのお告げがあった。翌日、長者は東の谷に霊木を見つけ川に流した。熊野から帰った長者はその霊木が入間川に浮いているのを見つけ、長者の家に立ち寄った行基に一部始終を話した。行基は一夜の内に1本の木から6体の阿弥陀仏を刻み上げ、また、余った木で1体の阿弥陀仏を作った。足立の長者は侍女の出生地に6仏堂を建て、それぞれに寺名をつけ、これらの仏像を安置して、朝夕の供養も怠らなかったと言う。
 
 
 
六阿弥陀参り  江戸時代、花見や七福神詣でのように、行楽をかねて春秋彼岸に盛んに行われたという六阿弥陀参り、私はJRやバスを使って廻ったのだが、それでも2万5千歩とかなりの距離になり、昔の人は多分泊まりがけで幾日もかけてお参りしたのだろう。各寺は流石に由緒ある立派なお寺ばかりで、駐車場待ちの墓参の車が長い列を作っている。各寺とも山門前や提灯に「江戸六阿弥陀何番」と表示はしているが、本尊のご開帳やその所以を記したりこれを行事化している様子は全く見えない。4番与楽寺では北区が作った案内板に賊除地蔵の伝説は記してあるが六阿弥陀の由来説明は無かった。僅かに6番常光寺で六阿弥陀の由来を記した縁起書を配布しているだけで、今や全くの過去の行事と化してしまったようだ。
 
彼岸の中日   常光寺ほか5寺(℡03-3681-7023
江東区亀戸4483JR・亀戸

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