栄町天王祭

野口の牛頭天王、天王社などと呼ばれた東村山栄町の八坂神社は別当だった正福寺が火災にあい記録を全部焼失したため正確な創建の年月は分からないが、正福寺が建立された弘安元年(1272)ごろと推定されている。宵宮の昼、台座3尺(91)慶応3年、神田・神輿屋作の神輿が旧社地正福寺を出発し氏子地域を回って夕方八坂神社に入り、翌日の昼、違う経路を通って正福寺に還御する。行列の先頭には子供達に曳かれた屋台に二匹の獅子が笛と太鼓の音に乗って踊り、次いで大太鼓が続く。町並みには連帯を表す注連縄が張り巡らされ、3基の飾り鳥居が設けられた参道には、若い人たちの色とりどりの浴衣姿が華やかで、昔ながらの祭風景が見られて楽しい。

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本社神輿の入御と大大鼓  本殿前で激しく揉んで本殿を三周する。この間大太鼓は打ち続けられ、屋台の笛と太鼓も鳴り止むことが無い。この日は神社に一泊し明日正福寺に戻る。
 
 
飾り鳥居が三つ設けられ華やか

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屋台で踊る獅子二匹
子供達に引かれて
 
天王信仰と天王祭   平安時代中期、疫病除けの神である天王信仰は盛んになり、京都の八坂神社の祭神、牛頭天王が各地に勧請されて広く信仰されるようになつた。疫病が発生しやすい6月頃に各地で天王祭が行われる。
 
 
東村山の地名  「村山」という地名の起こりは、狭山丘陵の峰々を指した「群山(むれやま)」が訛って「村山」になったといわれている。明治22年5月町村制度が施行された。このとき、村山地方一帯に村名をどうするかという説があり、一説に、この地を 下村山とする話もあったが、方位をとって村山地方の東で東村山とする説が通り、「東村山村」が誕生した。
 
7月15日近くの土,日曜日   八坂神社(0423-91-0988
東村山市栄町3-35-1(西武多摩湖線・八坂)

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