三社まつり

浅草神社の祭礼で日枝神社の山王祭、神田神社の神田祭とともに「江戸三大祭」の1つに数えられる。宮戸川から浅草寺本尊を拾い上げた土師、真仲知・檜前浜成・同武成の3人を祀る浅草神社は、明治初年まで「三社さま」「三社権現」と称されていたのが「三社まつり」の名称の由来だ。土曜日には氏子44ヶ町の約100基の神輿の連合渡御、日曜日には本社神輿3基の宮出しと盛りあがり、その人出は250万人を超える。又、金曜日の宵宮には古く田楽に用いられた「びんざさら舞」(都指定無形民俗文化財)が奉納されるが、これは室町時代からの伝承といわれる古い珍しい舞だ。

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宮神輿の出御  午前6時、3基の宮神輿が一斉に担ぎ上げられ、浅草寺の境内を通り氏子各町へ渡御する。担ぎ手が多すぎて神輿がすっきり上がることが少なく、2時間以上かけて浅草寺境内を通りぬける。境内は異様な興奮と熱気に包まれ、担ぐ人,見る人に不思議な一体感が生まれ三社祭のクライマックスとなる。
 
町神輿の連合渡御  土曜日、氏子44ヶ町100基の町内神輿が観音堂裏の広場に勢揃いし、お払いを受けてから浅草寺境内へ繰り出して行く。写真は神社を目指し、浅草ビューホテル前を出発した威勢の良い町神輿光景。
 
獅子舞 びんざさら舞に先立ち舞われる。日本で三社しか残っていない獅子舞の原型四方拝が舞われる。男獅子の舞、女獅子の舞に続き夫婦和合を祈願する、写真のつるみの舞が奉納される。
 
びんざさらまい  中世の田楽踊りの名残を留め、これに獅子舞が合流した東京に残る数少ない神事舞踊。びんざさらとはチベット語で「振り動かすと音を出す木」の意。板を108枚並べ、上の端を紐で結び、両端を握って伸縮するとサラッサラッと音を出す田楽楽器で、この音に合わせ「種まき」「肩揃」などの演目が舞われる。市女笠用の冠物、錦の狩衣、細袴の服装で、種蒔きの作業から始まって豊年を喜ぶまでを、笛、太鼓とともに、「びんざさら」の拍子に合わせて舞う。浅草千束村の住民が先祖代々の世襲によって奉仕してきたもので、鎌倉の右大将が再興したものと伝えられている。

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崩れた宮神輿

町神輿の連合渡御  土曜日、氏子44ヶ町100基の町内神輿が観音堂裏の広場に勢揃いし、お払いを受けてから浅草寺境内へ繰り出して行く。写真は神社を目指し、浅草ビューホテル前を出発した威勢の良い町神輿光景。

浅草の地名  東京府志料には「草深い武蔵野の中で、草があまり茂っていないので浅草と言った」とあり、これが通説。浅浅とした草の生い茂る海辺の寒村であったことからついたようだ。治承5年(1181)にはこの名がみえる。

5月第3日曜日と前2日   浅草神社(03-3844-1575
(台東区浅草2‐3‐4、地下鉄銀座線、東武伊勢崎線・浅草)
 

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